3月に入り、私の学校も後卒業式を残すのみとなりました。現在4月からの活動について調整中です。今のところは、H.S.S.R.プログラムス主宰での活動となりそうです。それに伴い、ホームページも尐しずつリニューアルしていく予定でおります。
これまで1900名を超える方に登録いただいておりますが、再登録の方やアドレス変更とアドレスが不十分な方もおられるのですが、十分整理できておりませんでした。それでこれまで登録していただいている方で登録内容が十分でない方々について整理しております。
まず住所がなかったり不十分である方、職業などの情報が全くない方について整理しております。4月8日のニュースレターが届かない場合は、これに該当した方ですのでもう一度登録してください。また心当たりのある方は早めに再登録してください。4月から登録方法も変わります。登録が完了すればその旨のメールを返送いたします。詳しくは4月以降のホームページをご覧いただければと思います。基本的に情報発信のホームページにしたいと思っております。
さて、今回のニュースレターでは、「力を抜く」とはどういうことなのか、ということについて考えてみたいと思います。力を抜けといわれても、どれくらい抜けばよいのか。
そして、本当に力を抜くことはできるのか、そんな疑問に答えていただいた論文がトレーニング・ジャーナル2009.12号に「トップアスリートでも難しい力の抜き方」(木塚朝博・筑波大学大学院人間総合科学研究科准教授)掲載されていました。非常にわかりやすい解説であり、指導の現場において参考になると思います。興味のある方は、掲載記事をお読みください。ここでは、抜粋して紹介します。
『スポーツの指導において「力を抜け」とか「リラックスしろ」という言葉を選手が理解しづらいのは「力を抜けと言ったって抜いてしまったらやりたいことができなくなってしまう」と感じるからです。つまり、バッティングであれば、バットを振りにいく力は必要です。
必要な力と無駄な力というのを理解していない状態の選手に「力を抜け」と言っても、きっと選手は力を抜きすぎるか、理解できないことで逆に混乱してしまい動作そのものが崩れるか、いずれにしてもパフォーマンスは低下してしまいます。実際には「抜け」と言われたときに、どれくらい抜けばよいのかということが1つの大きな鍵になります。
もう1つの鍵は、力を抜く局面です。私は最近、選手の口元に着目しています。バッティングでバットにボールが当たった後、口から息を吐いているような状態を見ることがあります。まだ呼称はつけていないのですが、今のところこれを「ブレスアウト」と呼んでいます。バットを振った後にも力が入っていると、結果的にですが、スイングスピードは遅くなってしまいます。
また最初からブレスアウトをしていると、きっと力を入れられないでしょう。ですから、テイクバックからボールがバットに当たるまでは力を入れておいて、その後に無駄な力を入れないために「フーッ」と吐きながら振るのです。
ボールがバットに当たった後、いわゆるフォロースルーの局面で力が入っていてもよいと思うかもしれませんが、そこで力を入れないことで筋へのダメージを減らすことができますし、スピードを保ったまま振り抜くことでそれ以前のバットスピードを落とさないことができます。逆にフォロースルーで力を入れてしまったり止めようと思うと、それまでにスピードを落としてしまうのです。
これはテニス選手でも見られます。テニス選手の中にはラケットにボールが当たった後で大きな声を出す人もいますが、これもブレスアウトの例でしょう。フォロースルー時のスピードを落とさないことで、スイングのスピードを高めようとしているのだと考えられます。また100m走でもブレスアウトしている選手がいます。
加速局面から中間疾走では顔や首に力が入っているのですが、ゴール前になるとプレスアウトしているのです。ゴール前でのスピード低下を抑えるために、無駄なカを入れないようにしていると考えられます。筋トレもそうです。
筋トレで息を吐きながら力を出しなさいというのは、1つには血圧を上げないようにするためですが、もう1つには息を吐いたほうがスムーズに動けるという経験からきているのです。このように力を抜くのはその量と局面が重要なのです。』
『体育やスポーツの分野では、これまでの研究にしても指導の理念にしても、どうやって力を出すかということについて述べられてきた部分が圧倒的に多いと思います。それに比べると、どうやって力を抜くかだとか、どうやって力を入れずに済ませるかということのノウハウは非常に尐ないのです。また、それが高度な指導技術であるために力の抜き方について触れる機会のあるコーチも尐ないのかもしれません。あるいは、企業秘密のようになっているのかもしれまぜん。
また人間の能力としても、抜くほうが難しいということも力の抜き方が語られてこなかった1つの理由でしょう。たとえばフィードバックを与えながら、山の形のように徐々に力を入れて抜かせるというタスクを与えます。その形に沿って力を上昇させるときは比較的うまくいくのですが、抜くときにはどうしても階段状になってしまい、スムーズに抜けません。これは脳の制御も抜くときのほうが難しいから起こることです。
神経の発火頻度を見るとよくわかります。力を出し始めると、出力は低いけど疲労には強いタイプの筋線維につながる神経が発火します。それが徐々に大きな力は出るけど長続きはしないという筋線維につながる神経が発火するようになります。若い人では比較的スムーズにこの順番で力を出して逆の順番で抜いていけるのですが、高齢になると抜くときに順番通りに抜けなかったり、一気に抜いてしまったりして波形が乱れてしまいます。
人間の脳は力を抜くときにキャンセルの指令を出しているのですが、それをじわじわとは出せないのです。ある程度まとめてキャンセルの指令を出すために、どうしても階段状の抜き方になってしまいます。
これは車の運転で感じることができます。クラッチを抜くときに一気にガンと抜いてしまうことがあります。ゆるやかに半クラの状態に入らないわけです。また、ブレーキングのときのプレーキペダルの操作もそうです。酔いやすい運転をする人は「ビューン、ゴンッ」と止まります。
最初は緩やかにブレーキをかけていくのですが、最後のところでゆっくり抜けずにグッと踏み込んでからドンと離してしまい、フワーっと止まれないのです。アクセルワークでも同じことがいえます。高速道路を一定のスピードで走るのは結構難しいことです。出しすぎたスピードを落とそうとしてアクセルを弱めるとき、弱めすぎてしまうとガクンとスピードが落ちます。
これはまずいと思ってもう1度踏み込むとスピードは上がりますが、これを繰り返すとグゥイングゥインという不快な運転になってしまいます。
このように人間はもともと抜くことが不得意なのです。研究でもスポーツの指導でも、この分野にあまり手を出したがらない理由が分かります。しかし、スポーツの指導の中ではその不得意な部分にアドバイスしなければならないこともあるので大変です。』
『力を抜くということが難しくまたその機構も複雑であることがわかりました。では実際の運動ではどうなのかというと、必要最小限の力を入れて過剰な力を抜くということになります。では、何がどれくらい過剰なのかが気になります。
そこで、飛んできたサッカーボールを足の甲でコントロールするクッションコントロールについて実験をしました。筋電計で大腿直筋、内側広筋、前脛骨筋、腓腹筋内側頭の4カ所を測定し、同時に足関節の角度も測定しました。
まずはサッカー群と非サッカー群で比べてみました。非サッカー群とはいえ体育専門学群の学生に手伝ってもらいましたから、それなりにうまかったのですが、ボールが足に当たる瞬間に足首がわずかに動いてしまっていて固定できていませんでした。これは角度でいうと1゜以下程度の違いでした。足首を固定するといっても、そんなに大きな筋力は必要ありません。
尐し背屈させた状態で前脛骨筋の筋力を大きくして後ろに引っ張られないようにしながら、逆に背屈し過ぎないように腓腹筋もわずかに収縮して前後で同時収縮することによって足首を止めるのです。
サッカー群ではこれが一定でしたが、非サッカー群ではとくに腓腹筋のほうが大きく出てしまいました。この部分が無駄な力なのです。また、内側広筋と大腿直筋については軸足のほうを測定していたのですが、軸足の膝関節をロックしてしまうことで筋活動量が多いことがわかります。
視覚的にこの違いはわかりますが、では実際にはどれくらい違うのかというと、腓腹筋内側頭と内側広筋と大腿直筋の筋活動量を足して群間で比べたところ、約3~5%の違いでした。この3~5%の差異とクッションコントロールにおけるパフォーマンスの違いには相関があります。
さらにサッカー上位群と下位群とで比べてみました。そうしたところ、やはり腓腹筋内側頭と内側広筋と大腿直筋の筋活動量を足したものとパフォーマンスとに相関はありそうでした。しかしそれよりも驚くべきは、筋活動の差は1.5~3%程度だったのです。このわずかな差が無駄な力になって円滑な関節角度の制御を妨げており、適度な関節の固定ができないということにつながったのではないかと考えられます。
ではこの無駄な筋活動について、「この部分の力を抜いて下さい」と言っても、それは無理です。それを感じて抜くためには、スポーツ選手は莫大な時間を使って相当な練習の量をこなさなければなりまぜん。基礎的な練習を何度も何度も何度も繰り返さなければ、このようなわずかな狂いを修正することはできないのです。
また、これができたからといってレギュラーになれるわけではありません。力を抜く能力というのは、パフォーマンス向上に関わるたくさんある要素の中のたった1つにすぎないのです。』
『無駄な力を抜くということを考えるのは、本当に難しいことです。その一方で無駄な力を定量化できるようにはなりました。ではその先にどうすればよいかと聞かれれば、これまで言われてきたように「覚えるまで振れ」とか「疲れるまで泳げ」ということが大事なのです。地道にやるしかないということが科学から改めてわかってしまいました。
結局、経験値が正しいことを証明しただけとも言えます。もちろん、力を抜くべき局面や量というのは尐しわかりました。また力を抜くことは難しいということも改めてわかりました。
またこういった科学的データとは別に、いろいろな選手を観察したことによって形も見えてきました。たとえば指が上を向いているとか下を向いているとか、息を吐いているような口をしているとか、舌がどうだとかそういうことです。力が入っていたらこうはならないという形を探すことができました。これは定量化がしにくく、科学的論文にはなりにくいところです。
しかし、このような形というのはたくさんあります。ある世界的に有名なゴルファーはパッティング動作のときによく歯を見せて口を噛んでいます。それをよく見ると、下唇を噛んでいるのです。実際に噛んでみるとわかりますが、力を入れて噛むと痛いところです。ですからそれは力を入れないための方策だといえます。
また陸上競技やバスケットボールでも舌を出してプレーしている選手もいます。それを意識しているのかどうかは本人に聞いていないのでわかりまぜん。しかし、形としては存在しているのです。
剣道では面を打ちにいっているときに頭が後屈している写真をよく見ます。これは対称性緊張性頸反射と同じ姿勢です。確かに頸を後屈させると手は伸ばしやすいのです。しかしこれは反射を利用しているわけではありません。頸部に力を入れすぎずゆったりと構えている状態から、バッと身体が前に出ると重たい頭は遅れて動き、そのような姿勢になります。
早く打ち込んだときに、このような形になるということです。ですから、このような形だけを真似しても、それは本末転倒です。できていない人がこれを真似してもパフォーマンスは下がるでしょう。ひょっとしたら舌を噛んでしまうかもしれません。結果的にこのような形になるには、どうアプローチすればよいかを考えることが大切なのです。