連休は北海道の士別に行ってきました。昨年に続き、中学生と高校生の陸上競技の指導に行ってきました。中学1年から高校3年生までいたので、指導レベルはピンからキリまででしたが、それがまた自分の指導レベルを上げるよい場となりました。楽しくレベルアップできることが何より大切なのですが、「できる」「やれる」を実感してもらえることを心がけていました。
連休後は2週間ほど落ち着いた日々をすごせそうです。そのあとは、少人数での勉強会が東京で2つ、大阪で1つあります。
さて、今回のニュースレターでは、東京大学大学院の八田秀雄氏が月刊陸上競技2008.12.-2009.01.で連載された「乳酸を活かした短距離走-乳酸はエネルギー源-」から紹介したいと思います。耐乳酸性トレーニングの誤解について解りやすく説明されています。
陸上関係者が読まれると、これまでやってきた練習はなんだったのかということになりますが、乳酸についてこれまで理解してきたことを一度リセットして読んでみてください。図表などはありませんので、興味のある方は、ぜひ掲載誌を読んでみてください。陸上競技の練習だけでなく、いろんな競技での練習に参考になるはずです。
『これまで「短距離走は無酸素運動」とされてしまいました。しかし、短距離を走っている時に呼吸をしないでしょうか。確かにあまり呼吸を意識はしませんが、普段だって呼吸を意識していますか?あまり意識はしませんが、生きている限り必ず呼吸をしています。そして、呼吸をしているということは、肺から酸素を取り込んでいるということです。
これまでも、400m走では酸素を摂ってできているATPは、全必要量の20%くらいとされてきていました。つまり、酸素を少し利用していることは認めるが、その量は少なく、多くは酸素の要らない代謝で走っているのだから「無酸素運動」と言われてきました。
しかし、このミトコンドリアでの酸素からのATPは全必要量の20%というのが、少なすぎて誤りであることがわかってきました。ATPの全必要量の計算に大きな間違いがあったのです。それは、運動後になって摂った酸素の量を、すべてが運動中に摂れなかった酸素の必要量だ、としてしまったからです。
最近では、酸素をとることによるATPは、前必要量の40%以上にはなることはわかってきました。さらに私は、この40%でもまだ低く、60%くらいが妥当ではないかと考えていますが、はっきりとは断定できません。短距離走中に筋肉でどのようなことが起こっているのかを正確に測定するということは、現時点ではほとんど不可能だからです。
ともかく大事なことは、実は短距離走でも持久走と同じように酸素を吸って一番たくさんATPを生み出しているのです。特に「無酸素運動の極致」といったように勘違いされている400m走最後の100mは、実は酸素を吸ってのATP合成がその時の7~8割に達する完全な「有酸素運動」です。』
『まず、短距離走ではどのように疲労しているのかをみてみましょう。多くの方のイメージとしては、400mでは最後の100mになってガクンとペースが低下するということでしょうか。しかし、実際には陸連科学委員会の報告などを見ていただくとわかりますか、世界レベルの選手でもスタートして50mくらいで最高速度になると、もうそれから速度が落ちていきます。その落ち方は、終盤まで実はかなり一定に近いのです。
確かに最後の50mぐらいになると落ち方が少し大きくはなりますが、それにしても300mからガクンと落ちるというほどではありません。400mハードルになるともっと明らかで、1台目のハードルを跳んだ以降はほぼ一定に近いような割合で最後まで速度が落ちていきます。
短距離走では最後にスピードが上がるということはありません。最後伸びるように見える選手は、落ち方が少ないということです。100m走でも40~50mくらいで最高速度になり、最後はスピードが落ちます。
200m走でも当然同じことです。このように、短距離走は速度が前半からどんどんと、それもかなり同じような割合で低下していく競技です。』
『では、乳酸は短距離走ではどうできるでしょうか。疲労の原因は乳酸がたまることで、400m走の300mからガクンとスピードが落ちると思っている方は、乳酸も300mくらいからどんどんたまると思っているでしょうか。
実際には、乳酸は最初からできます。200m通過ぐらいでも結構できています。この点では、短距離走では乳酸がたまる、というのはウソではありません。しかし、300mを過ぎるとさらにたくさんたまるのではありません。乳酸はゴールまででき続けはしますが、後半はできる量が減っていきます。
つまり、300mぐらいですでに乳酸はたまっていて、それからはたまり方が減っていくのに、速度は同じ低下割合からさらにもっと落ちるわけです。乳酸のたまり方と速度低下のパターンは一致しません。
最初の方から速度は落ちるし、最初から乳酸がたまり始めるんだから、やっぱり疲労は乳酸で説明できるじゃないか、と思う方もいるかもしれません。しかし、400mの最後を考えてみれば、乳酸だけでは疲労が説明できないことは明らかです。特に400mの最後の速度低下は乳酸以外のことで考えた方がよいことになります。』
『乳酸がたまることで疲労する、と多くの人が思ってきました。確かに乳酸はきつい運動をすると多くできます。しかし、そうならば、乳酸をできないようにすれば疲労は掴えられることになります。前回説明したように、乳酸は糖からできるものです。
そして、例えばマラソンの終盤のように糖がなくなってくると、糖からできる乳酸もできません。つまり、マラソン後半は疲労の1つの極致といってもよいでしょうが、その時には乳酸はたまっていません。
同じことで、もしも短距離走の疲労が乳酸がたまることが原因で、乳酸がたまらなければ疲れないのであるならば、前の日から食事をしないことです。そうすると、からだの糖が減っていきます。それで走ると、糖が減っているので乳酸もよりできなくなります。
しかし、前の日から何も食べない腹ぺこの人が、いい記録が出るわけはありません。乳酸は糖からできるのであり、糖は運動での最も使いやすい大事なエネルギーなのですから、乳酸ができるのは糖;をたくさん使えるということで、よいことなのです。短距離走では、乳酸がより多くできる方が結果がよいことも多いのです。
運動して、「ああ疲れた」と感じるのは、長時間ある運動や競技をやって感じる場合が多いはずです。長い時間運動していると、糖をそれだけ使いますから、乳酸はよりできにくくなります。
つまり、短距離走を別にして、運動の多くの場合の疲労は、より乳酸ができなくなっていく中でより感じていくことなのです。乳酸がたまるから疲れるのではありません。ましてや日常生活で乳酸が多くできることはありませんから、日常の疲れに乳酸は全然関係ありません。』
『短距離走などの疲労を考えるとき、何かが多くたまることで筋肉が働けなくてスピードが落ちると考えたくなります。しかしそうではなくて、走るエネルギーがどんどんなくなってくるので速度が落ちる、と考えた方が短距離走を理解しやすいと私は思います。
前回説明したように、エネルギーであるATPはミトコンドリア工場からできるのがメインですが、それに加えて糖の前処理場からも少しできますし、ATPの貯めであるクレアチンリン酸によってもATPができます。ただし、1個の糖から前処理場でできるATPはミトコンドリア工場の1/10以下です。クレアチンリン酸もATPの4~5倍量しかありません。
つまり、ミトコンドリア工場以外のやり方でできるATPの量は多くはないのです。ただ、前処理場の働きやクレアチンリン酸の利用は、ミトコンドリア工場よりも素早く対応できます。そこで400m前半では前処理場とクレアチンリン酸によってできるATPがかなり貢献してくれます。
ところが400m後半になってくると前処理場の働きは長続きせず落ちてきます。クレアチンリン酸の貯めてある量も多くないので、どんどんなくなっていきます。そこで短距離走も後半になってくると、ミトコンドリア工場に頼るしかなくなります。ですから、後半になればなるほど短距離走は有酸素運動になるのです。
ただし、ミトコンドリア工場で生み出せるATPの量には限界があります。せいぜい1500m走の速度ぐらいの量しか生み出せません。そこで、400m終盤ではATPがないので速度が低下せざるを得なくなります。
このように短距離走では、最初の段階では、前処理場で乳酸ができ、クレアチンリン酸を使い、ミトコンドリア工場も徐々に働いていくのでスピードが出ますが、後半になるにつれて前処理場の働きが低下し、クレアチンリン酸もなくなっていくので、ミトコンドリア工場のみに依存せざるを得なくなり、速度が低下していきます。
そして、その時にミトコンドリア工場では、最も使いやすいエネルギーである乳酸を使っています。短距離走の疲労は、エネルギーの素であるATPをどうやって筋肉がつくりだしているのか、ということで考えてください。』
『短距離走ではミトコンドリア工場以外のATPがなくなってしまうので、速度が落ちます。ということは、ゴールまでしっかり走るには最後までATPを持たせるように走ることです。それにはあまり力んでとばさないことです。短距離走にもペース配分が必要です。
その選手の特微によって前半とばしてり一ドするというやり方でももちろんよいのですが、力んでしまうのはいけません。
力むというのは余計にエネルギーを使うことにつながります。最初からガンガンいくにしても、それはリラックスしてエネルギーを効率よく使いながらとばすということです。
一方で、それならば前半はできるだけ抑えていくのがよいのかというと、あまり抑えてしまうと、ゴールした時にまだATPを残してしまうことも考えられます。大事なことは、自分の特徴を考えて、自分の生み出せるATPをできるだけたくさん、しかも効率よく最後まで使えるようにできたときが、もっともよい結果になるだろうということです。』
『では、短距離の記録を伸ばすにはどうトレーニングしたらよいでしょうか。といっても、たった1つの正解があるわけではありません。優れた指導者のトレーニング内容は、理にかなっていることが多いのです。短距離走は走るにつれて速度が落ちていく競技ですから、その結果をよくするには、最高速度を上げるか、速度の落ち方をゆるくするかしかありません。
そして200mや400mの練習というと、どちらかというと速度低下を抑える方向のトレーニングが強調されているように思います。それは自分の最高スピードを高めるのが大変なことと、レースでは最後の数10mが勝負を分けるように見えてしまうことがあるのでしょう。
しかし、最後まで力まずリラックスして、自分のつくりだせるATP;をできるだけ使い切ることが短距離走と考えれば、まず自分の最高スピードを高めた方が早道であろうと思います。
ゴール前の最後で勝敗が決まるように見えても、実際にはそれまでの走り方で決まっているのです。特に発育途上の中高生では最高スピードを上げる方向がよいと思います。大学生以降からだが成熟してくると、なかなか最高スピードは上げにくくなってくるでしょう。そこで、あとは後半の低下を抑えるような練習が主体になっていくしかなくなってくるのでしょう。』
『短距離走というと乳酸で疲労するので、乳酸に対して耐えるということで乳酸耐性という言葉がよく使われてきました。あるいは、この言葉を高い強度でできるだけ乳酸をつくれるよう「がんばる」といった意味としても用いられているようです。
短距離走では乳酸が多量に蓄積することが、筋肉にマイナスに作用することは事実ですから、この考え方がまったくの誤りではありません。しかし、これまで説明してきたように、これはあまりに狭く短距離走を考えすぎています。
400mの最後は乳酸のでき方がより少なくなる中でより疲労しています。そして、「疲労=乳酸」としてしまうことで、逆に乳酸さえ対処すればよい、ということでおかしなことになる場合があります。その代表例が、200mや300rnを走ってから、少しだけ休んで100mをまた走るという練習です。
おそらくは+100m走がかなり呼吸がきつい中で行われるし、乳酸は最初の200mなりで多くできているので、乳酸耐性の練習であり、すなわち短距離走後半に対処する練習である、と信じ込まれているようです。』
『しかし実際には、短距離走をATPをどう生み出すのかで考えることができれば、この練習があまり後半の練習にならないことは明らかです。つまり、短距離走はゴールに向けて、クレアチンリン酸がなくなり、前処理場の働きが落ちていって速度が落ちていく競技です。
ところが、200mや300mを走って1~2分休むと、その間にクレアチンリン酸の量がかなり回復します。クレアチンリン酸はATPの貯めであり、酸素の貯めですが、このぐらいの休息でかなり量が元に戻るのです。それで+100mを走ったら、そのクレアチンリン酸を使うことができます。
つまり、本来短距離走後半はクレアチンリン酸がなくなって、ミトコンドリア工場が働くしかないところが、+100mではクレアチンリン酸があるので、短距離走の後半とは違うことが起きています。したがって、この練習は短距離後半の練習にはあまりなりません。強いて言えば、クレアチンリン酸をすぐに戻して回復を早くする練習となるでしょう。』
『酸素を使って糖や脂肪からエネルギーを生み出すと二酸化炭素ができます。二酸化炭素が多くできると、呼吸が活発にまた荒くなります。呼吸が荒いというのは、きつさを感じる1つの原因です。
短距離走も有酸素運動ですから、二酸化炭素が多くできます。その二酸化炭素は筋肉でできるので、筋肉から出て血液に拡がり、呼吸が活発になるのに少し遅れができます。そこでゴールしてからも二酸化炭素が遅れて血液に出てきますから、走り終わってもしばらくは呼吸が荒くきつさがあります。
200mや300m走って1~2分休んでもまだ呼吸が荒くてきついわけですが、筋肉は1~2分休むことでクレアチンリン酸ができて、ゴール時よりはいい状態になっています。
つまり+100mの時には感覚的なきつさと筋肉でのきつさとに違いが出ています。そこで感覚的にはきついですが、筋肉は回復しているので足は比較的動くのですから、+100mで何だかとても後半の練習になっていると勘違いするのではないかと思います。しかし、どう考えてみても、300mを2つにしてしまって中に休憩まで入れている200m+100mが、300mを一気に走り切るよりも筋肉に負荷をかける練習であるわけがありません。』
『さらに+100mが行われる理由の1つとして、スピードを上げないのにやった気がするというのもあるように思います。多くの場合、200m+100mは結局最初の200mも次の+100m速度がずっと落ちたままになりがちではないでしょうか。それでも+100mでは感覚的にきつい中で走りますから、いい練習をやった気がしてしまいます。
短距離走は速度が最高に達するとそれがプルにまず速いスピードで走り、クレアチンリン酸がなくなり、前処理場が落ちていく中で練習をしていくのが最善と思います。400mの後半を落ちないようにしたければ、400mを全力で走るのがベストではないでしょうか。
しかし、もちろん毎日全力で走ることは不可能です。試合でもないのに400mは走りたくないでしょう。だから「試合に勝る練習はない」と言えます。また、それで工夫してからだに負荷をかけるようにするわけですが、短距離走を乳酸耐性ということだけで考えてしまうと、+100mのようなおかしなことが起きてしまいます。』
『短距離走は速度が落ち続ける競技なのですから、トレーニング効果としては筋力をアップするといった筋力の要素、同じ速度でよりなめらかに走るといった走り方の要素、そしてミトコンドリアが増えるといった筋肉代謝の要素、どれを高めてもよいのです。
そして乳酸耐性というように、きつい中でがんばるというトレーニングもすべてが間違いではありませんが、実際にはそうしたトレーニングで実は乳酸耐性というよりも、よりミトコンドリアが増えてATPを生み出せるようにもなります。つまり、疲労が複合的要因で起こるように、トレーニング効果も複合的な要素でもたらされます。
そこで、どういったトレーニングがよいのかは、各選手の特性、指導者の考え方によると思います。ただし、速い速度の中でスピードがどんどん落ちていくのが短距離走であることは、忘れてはいけないと思います。』
『短距離走は50mぐらいで最高速度に達するとすぐに速度が落ち続けていく競技です。その速度低下は乳酸も無関係ではないものの、乳酸以外の要因が大きく影響しています。
これまであまりに乳酸耐性ということだけで短距離走が考えられてきました。ATPが生み出せなくなっていくので速度が低下するというように、ATP出力の低下で考えた方が短距離走をよく理解できます。短距離走は、後半になるほど有酸素運動になりながらスピードが落ちていきます。こうした視点で短距離走を考え練習してください。』