4月に入り、平成スポーツトレーナー専門学校も入学式が終わり授業も始まりました。今年の入学生は希望に満ちた顔つきで集まってくれました。先日、所信表明演説のような話をしましたが、全員がしっかり前を向いて話を聞いていました。非常に頼もしく、本物のスポーツトレーナーに育てなければという思いを強く持ったしだいです。
教育内容も含め、教員一人ずつの指導レベルを上げなければとても本物のスポーツトレーナーを育てることはできません。そのためにも、教員側にもプレッシャーを与えております。お金を頂いて物事を教えるわけですから、そこには結果が問われることは当然です。本物のスポーツトレーナーを育てるためには本物の指導者が必要なのです。
いい加減なごまかしは必要ありません。物事の本質を教えられなければならないのです。私も含め、心して教育に当たりたいと考えております。
昨年の一年間、いろんな方々に平成スポーツトレーナー専門学校を尋ねていただきましたが、本年もより多くの方々にお越しいただきたいと思います。教職員大歓迎いたします。御気軽にお越しください。お待ちしております。
さて、今回のニュースレターでは、「スポーツオノマトペ」について取り上げました。私も知らなかったことばですが、スポーツの指導に際して自然に使っている擬音語・擬態語・擬声語の総称であるということです。動作のタイミングや動きを理解させるために欠かせない「ことばがけ」です。私も自分の独特のものを使っているようで、私の指導現場を見られた方からよく言われます。
「先生の説明は、非常にシンプルで分かりやすい」と。「ことばがけ」はシンプルで、後は繰り返すこと。そうすると次の「ことばがけ」が自然発生的に出てきます。私は常にその環境にしたがっているように思います。難しい「ことばがけ」は、動作やタイミングを取る上でマイナスに働いてしまうことが多いようです。「ことばがけ」でパフォーマンスがどのように変化するかということは、理解できるようでなかなか理解できないようです。
私の指導においても、「すぐにできるようになりますよ」といっても、実際にその指導現場を見られなければ突然の変化が起こるなんて信用できないはずです。その指導現場を見られれば、なぜ突然変化するのかそのわけがわかります。そこに適切な「ことばがけ」があるからです。それが私の指導技術であると思います。
今回の「スポーツオノマトペ」については、コーチング・クリニック2006年4月号で紹介された藤野良孝、井上康生「オノマトペを活用しよう」が参考になります。御自分の環境に照らし合わせて読んでみてください。
『巨人軍名誉終身監督の長嶋茂雄氏は、監督時代に「グッ」「スーッ」「ガーン」などと、オノマトペ(擬音語、擬態語、擬声語の総称)を豊富に用いて技術指導を行っていました。もしも、本当に長嶋監督のひと言(1音韻)で具体的な内容が伝えられるのだとしたら、指導用語として非常に有益であり、とても素晴らしいことです。
監督が言うオノマトペを選手はどの程度理解していたのだろうか? もし理解できたのならそれはなぜなのか?と思ったことが、オノマトペを研究するきっかけとなりました。
スポーツオノマトペとは、体育・スポーツ領域で使用されるオノマトペのことです。スポーツオノマトペの特徴は、一般的にいわれるオノマトペにはない、「身体に作用する」効果をもつところです。
例えば、アテネ・オリンピックの陸上競技ハンマー投金メダリストの室伏広治選手は、投てきリリースの際に「ンッ・ガーッ」と発声することによって、爆発的な筋力を発揮しています。格闘家の魔裟斗選手はパンチやキックを出すときに「シュッ!」と声を出しています。
また、卓球の福原愛選手は調子がのったときに「サーッ」と叫びますが、あの「サーッ」という雄叫びもモチベーションに作用しながら、結果的にスポーツパフォーマンスにも作用するので、これもスポーツオノマトペに該当します。
一般的な例では、お年寄りがイスに座るときに言う「ドッコイショ」も、スポーツオノマトペの一種です。
「ドッ・コイ・ショ」のリズム(ワン・ツー・スリー)が、座る動作をスムーズにしているのです。このように、身体があるから生成されるオノマトペが「スポーツオノマトペ」です。』
『一般にオノマトペは、赤ちゃん用語・稚拙表現であるという先入観をもたれています。スポーツの世界でもそのような傾向があり、オノマトペに対して指導者は「説明が下手な指導者」「ボキャブラリーの少ない指導者が使用する言語」「低指導能力者が使用する」などという多くの偏見をもっています。
また、調査した指導者の7割は、オノマトペを使用して指導してはいないといっています(オノマトペを指導の際によく使っており、わかりやすくてよいと述べているのは、調査した指導者の3割のみ)。
そうはいいながら、使用実態を調べた(オノマトペを使わないという指導者の指導を受けている運動選手に聞いた)ところ、指導者の多くは非常によくオノマトペを使用していることがわかりました。つまり、意識しないままに指導者はオノマトペを使用しているということです。
また、選手のほうも、オノマトペは効果的な言語として積極的に使用したり、解釈したりしていました。その証拠として、アンケート調査から収集されたオノマトペは4、602語にも上り、かつ1語1語、具体的な意味(各競技ごとの動作内容)が明確に記述されていました。』
『スポーオノマトペは「複雑なことをよりわかりやすく、わかりやすいことをより具体的に、具体化したことを楽しくする」という効果を本質的にもっています。例えば、野球で「サッと来たボールをドンと打つ」=素早いボールの芯をとらえて打つ、バレーボールの「ドカンと打つ」=強烈なアタックを放つ、というようにです。
指導者はこういう表現を適切な言語を用いて伝えることが仕事ですが、微妙な動作や筋の動きを表現することは難しく、適切な言語がなかなか思い浮かばなかったり、思い浮かんで使っても受け手に伝わらなかったりすることがあります。そのときに言葉で表現できないで終わらせるのではなく、豊富なオノマトペを用います。
そうすることによって、表現しにくい動作や微妙なニュアンスを、受け手に簡単にわかりやすく伝えることができます。
現在開発しているスポーツオノマトペ辞典は、そういった用語を多数(主要269語)集めたデジタル辞典であり、音と動作が対応して、音を聞いて詳細な内容を知ることができます。指導に最適なオノマトペ音声を探す、指導の際に作り出したオノマトペの内容を確認することによって、指導に役立てることができます。選手に辞典で内容を参照させることによって、深くその動作を記憶させることができると考えられます。』
『動きとともにオノマトペを発声するシーンをビデオで撮影して調べると、“スーッ”と言えば、スーッという音と同時に身体が移動しています。言葉と動きとには対応関係があり、音を聞くとそれに対応した動きができるのです。
こうした研究を重ねていくと、ある法則性に則ってスポーツオノマトペが発声されていることがわかりました。例えば“グ”という手を握るオノマトペを、“グッ”にする(促音をつける)と、素早く握る感覚を表現できます。また、“グーッ”にする(長音をつける)と、徐々に力を出す感覚を表現することができます。
特殊音韻別に整理すると、それぞれ次のような効果を動作に及ぼすことがわかっています。
①長音(-):動作時間や力の伝導を長めにする
②促音(ッ):動作全体の速度を促進する、動作の速度のメリハリをつける
③擬音(ン):動作のリズムやタイミングを計る
④濁音(”):動作の強さ、爆発力、求心力を強調する
⑤半濁音(゜):動作の素早い切り替え、俊敏さを強調する
また、“グッグッ”と音韻を繰り返すと、より力を表現することができます。選手の動作に合わせてリトミーク(音節数)やメトリーク(音節の長短)を選択して作り出し、声をかけると、選手は動作のコツをより具体的に理解することができます。』
『音の高さ(抑揚)も動作内容に関係しており、ダイナミックな動作(筋のストレスが高い)になるほど声が高い傾向にあり、スタティックな動き(筋のストレスが低い)になればなるほど声が低い傾向にあることが明らかになっています。
指導でスポーツオノマトペを使用するときには、ダイナミックな動作では昇調(↑)に、スタティックな動作では降調(↓)に、声のイントネーションを変えるように意識することをお勧めします。
平調(→)では、通常の言葉の説明と変わりません。また、力強い動作になると声の強さが大きくなります。音の抑揚や大きさを調整することによって、動作の強勢を相手に具体的に伝えることができるのです。
理想は、自身が歌手になる意識で用いることです。高い声は出せないと思っている人もいるかもしれませんが、人間には音痴はいないというのは音声学の常識であり、ボイストレーニングをすれば必ず高い声を出すことができます。イメージが喚起されれば、女性でもアルト(176Hz)くらいの声を出せます。
井上の場合には、普段も一般男性(100Hz程度)より少し高め(130Hz)の声ですが、一番ダイナミックな動作では、ソプラノ(264Hz)を超える声(300Hz以上)が出ています。』
『動作の技術やコツを、オノマトペに凝縮させて獲得してゆく天才型のアスリートも多いと聞きます。陸上競技200mの末績慎吾選手は、スタートダッシュでは「ダラ~」という感覚を意識して走っているそうです。室伏広治選手をはじめ、投てき選手は動作の一連の流れを「タンッ・タ・タン」というように音に変換して、自分の動作リズムを固めたり、理想の動作リズムを作り出したりしているようです。
スポーツオノマトペは説明的な言語と異なり、身体にリズムを覚えさせることができます(身体感覚を記憶させる)。アスリートは言葉にできないような微妙な動作を模索し続けるものですが、それを発見して身体知として記憶する際に、オノマトペを利用することも使用方法の1つでしょう。また、技術の変化とともにオノマトペも新陳代謝するものです。技術の高まりに合わせて自分に必要なオノマトペを作り、それに自分の動きの型をはめ込んでいけばよいと思います。』
『スポーツオノマトペには、個人的なオノマトペと集団的なオノマトペとがあります。これを混同しないで使うことが大切です。
①個人的なオノマトペ:選手の動作に深く関与するため、すべての人にその内容が該当するわけではありません。例えば、野球のスイング技術に関して“グッ”よりも“グーッ”のほうが、腰をひねるタイミングがぴったり合うという選手もいます。また、同じ音韻でも生成される過程(動作)が異なるため、競技による特徴があります。そのため、同じ“サッ”でも、競技特性や選手1人1人の動作を見極めて用いる必要があります。
②集団的なオノマトペ:運動指導や表現において、集団で使っているシグナルもあります。対象が集団の情報であり、個人に向けた情報ではありません。』
『スポーツオノマトペは実に奥が深く、私にとっては「開け!ごま」のような魔法の言葉です。ジュニアから高齢者まで、わかりやすく楽しく利用でき、また脳にもやさしい言語のような気がします。それは、スポーツオノマトペが、右脳(アナログ脳:イメージ記憶・直感やひらめき等)寄りの処理だからではないでしょうか。
通常の言語は左脳(デジタル脳:論理的計算・思考等)寄りで処理されます。身体運動は右脳寄りで処理されるので、言語では説明された動きはストレートに身体運動としては理解されないのです。スポーツオノマトペは音であり、さらに身体の動きから生成されているので、おのずと処理は右脳になります。だからこそ、「サーッ」とか「スーッ」とかという語が、イメージのなかでつながって、動きと一致してくるのです。
そのようなことから、1を聞いたら10がわかる言葉であり、スポーツ指導において非常に効果があると思います。』