先般、平成スポーツトレーナー専門学校をたずねていただいた矢野史也氏に何冊か書籍をご紹介いただきました。何れの書籍も持っていなかったのですが、その中で以前から興味のあった『能』に関する物がありましたので、早々に購入しました。安田登『能に学ぶ身体技法』ベースボール・マガジン社 2005です。発行は10月になっていましたので、出たてのものでした。全体に写真が多く、見やすいものです。
私が期待していた『能』における身体操作・身体技法について書かれていたのですが、後一歩突っ込んだテクニックの説明がほしいところです。それは、効率のよい身体技法を身に付けるためには緊張をとる必要があり、そのテクニックとしてロルフィングを使っています。著書自身がロルファーであり、能楽師です。
そのロルフィングのテクニックの説明がなかったので、それだけが残念でした。しかし、全体を通してスポーツにかかわる身体操作の指導に役立つ内容でした。
今回は、その著書の中から『呼吸』に関して書かれたところから紹介したいと思います。『呼吸』については、以前に一度書いたのですが、また異なった理解を得ることができました。
そのPointは、上下横隔膜呼吸と鼻呼吸です。スポーツの現場の中で、十分取り入れられる情報であると思います。この書籍の本の一部ですので、ぜひこの書籍を読まれることを御勧めします。自分の身体操作からまず変えてみましょう。
『英語でも日本語でも「息」は聖なる言葉です。わたしたちの生の源は、まさに息にあるといっても過言ではないでしょう。ただし、英話ではインスパイアーですから。息を吸うことが中心になるのに対して、漢字では「呼吸」といって最初に「呼(息を吐く)」があり、そして次に「吸(息を吸う)」がきます。息を吐くことが最初だという考え方です。
私たちは、オギャーと生まれたときは産声とともに息を吐き出します。そして死ぬときには、息を「引き取る(吸う)」といいます。人間の生は、吐くから始まって吸うで終わるのです。ちなみに英詔では息を引き取ることを「エクスパイアー(expire)=息を吐く=精霊を体外に出す」といいます。
むろん呼気も吸気も、ともに大切です。しかし、スポーツにおける呼吸の練習では、最初に呼気(吐く)練習をした方が効果的です。
相撲からK-1に転じ、なかなか勝ち星に恵まれない曙に、「リング上で息を吐け。止めると苦しくなる。空気を吸えなくなると戦えない。とにかく、「息を吐け」と前田日明はアドバイスをしました。武道というよりも古典芸能に属する相撲の力士は、息が深いと、思われがちですが、現代の力士は曙ほどの人でも息が短いのかもしれません。
呼吸に関連する筋肉は、吐くために働く筋肉がほとんどです。ですからまずは吐く息を極め、そして吸う息はそれにともなって自然にできるのが理想なのです。』
『呼吸に関連する筋肉群は大きく分けると2つあります。1つは肺を包む「胸郭」を収縮させて息を吐くための助けをする筋肉群です。そしてもうひとつは胸郭ではなく、肺の下に接して呼吸の助けをする横隔膜です。能の呼吸や武道では、この横隔膜の呼吸が勧められます。
胸郭を包む筋肉群では、胸郭という媒体を通して肺に働きかけるので、効率が悪く、しかも肩が上がってしまったりするために、運動機能的にもあまり勧められないためです。そこで横隔膜呼吸がいい、ということになるのですが、しかしここで収縮させるのは、肋骨の内側につく「呼吸横隔膜」だけではありません。あまり注目されていませんが、骨盤底の横隔膜も連動して使うことが大切なのです。
骨盤底には骨盤底筋と呼ばれる筋肉群があり、「骨盤隔膜」を構成します。これを英語では「ペルビック(骨盤の)ダイアフラム(横隔膜)」といいます。日本語に訳すときに呼吸横隔膜との誤解を避けるために「隔膜」と訳されていますが、同じダイアフラムなので骨盤底の膜も「骨盤横隔膜」なのです。
そして掛け声などの激しい発声時には、肚と肛門とを瞬時に引き上げますが、これは呼吸横隔膜だけでなく、この骨盤横隔膜も一瞬にして収縮することによって起こるのです。
上下の横隔膜は、それがそのまま大腰筋と関係があるということがわかるでしょう。大腰筋は、まさに上部の「呼吸横隔膜」から下部の「骨盤横隔膜」を通って脚に至る、2つの横隔膜を縦断する深層筋なのです。
上下の横隔膜を連動して使う呼吸、上下横隔膜呼吸はそのまま大腰筋の活性化にもなります。そして、繰り返し述べているようにコア・マッスル群のキーとなるのは大腰筋ですから、上下横隔膜呼吸はそのまま深層のコア・マッスル全体の活性化にもなるのです。
また上下横隔膜呼吸をすると、息を吸うときに骨盤横隔膜が開きます。それによって股関節がゆるみます。股関節は、意識してもなかなかゆるみにくい関節です。股関節をゆるめるためにも上下横隔膜呼吸は役に立つのです。』
『室田 私が鼻呼吸の重要性に気づくきっかけは、24年前の父の死にありました。私の父は、体重が110キロほどあり、眠るときにいびきをかきながら口を大きく開けて、時々呼吸が止まるような眠り方をしてました。極端な「口呼吸」だったんですね。
あるとき、そのいびきをカセットテープに録音して病院に持って行くと「これは大変な呼吸だ」と。口呼吸の怖さは、口呼吸をしている人にとってそれが何も苦にならないということです。父は、眠るとき以外は普通に仕事をしていましたから。
しかし、口呼吸だと、酸素が脳や全身の組織に行き渡らず、結累的に死を早めてしまうのです。父は、私の目の前で突然倒れて他界してしまいましたが、父の死がなければ鼻呼吸の大切さには気づかなかったと思います。鼻呼吸ができていれば、全身に酸素が行き渡り、血流がよくなるんです。
一般的に、口呼吸をしている人の方が多いといわれます。口呼吸の人が鼻呼吸に変えようという場合に、どこを鍛えればいいかというと、口輪筋(くちびるの周囲を囲む筋肉)になります。口輪筋の働きを高めていくと、自然と鼻呼吸になる。そこから私なりにいろいろとトレーニングを試案してみて、ペットボトルエクササイズに行きついたのです。
安田 能でも、鼻呼扱が中心になります。謡ったり掛け声をかけたりしなければならないので、当然ですね。
また、呼吸は一般的に横隔膜といわれている呼吸横隔膜と、骨盤底にある横隔膜とを連動させる呼吸を行います。そうすると深い呼吸となり、大きな声を発爽することも司能になるのです。
宝田先生のペットボトルエクササイズでは、ペットポトルを囲ませる際に、「肛門を締めるように」とおっしゃいますが、実は肛門を締めるという行為が、骨盤底を動かしていることになる。だから、ペットボトルエクササイズは能の呼吸にも通じているといえます。
そして、呼吸横隔膜の後ろの枝の部分はそのまま大腰筋につながっていますし、大腰筋は骨盤底構隔膜を通過していますから、大腰筋を動かすことによって、双方の横隔膜が活性化されていきます。』