アテネオリンピックもあっという間に終わってしまいました。途中金メダルを15個獲得し、東京オリンピックでの金メダル獲得数16個をどれだけ上回れるかと期待されたのですが、結局はハンマー投げの室伏選手の繰上げ金メダル1個だけで、東京オリンピックの金メダル数を上回ることができませんでした。
今回のオリンピックでもさまざまなことが起こったわけですが、特に中国の台頭が目に付きました。以前マトヴェーエフ氏の話で紹介したように、北京オリンピックで最高の成績を上げるために、選手の派遣も北京オリンピックに向けた若手中心で編成されていました。
海外から優秀なコーチを招き、指導者教育を行い、その上で選手育成を長期にわたって実施しはじめています。このような状況は、日本でも東洋で初めてのオリンピック開催となった1964年の東京オリンピックに向けてのわが国の準備と同じものです。
4年以上も前から、海外から指導者を招いて指導者教育を行い、海外合宿や科学的研究班を設けるなど正に科学的トレーニングの始まりでありました。その成果が、金メダル16個であったわけです。
そんな努力も東京オリンピックが終わると同時に、元の経験主義的な指導に逆戻りしていったように感じます。
さて、アテネオリンピックで期待された陸上陣は、個人では振るいませんでしたが、400mリレーと1600mリレーで両種目とも4位入賞を果たしました。これは素晴らしい結果であったと思います。特に、400mリレーでは末続選手は走れていませんでしたが、朝原選手のラストの追込みはすごかったと思います。世界の大会で日本選手が追込む姿はほとんど見た事がありません。予選を含め、朝原選手の快走に拍手を送りたいと思います。
一方、期待された末続選手は、どこか傷めたところがあったのか、心配ですが、体調はよくなかったように見受けられました。スタートはそれなりに出て行くのですが、ここから加速するというところでスピードに乗れませでした。100mのレースと400mリレーの走りを見て、どうも「オーバーリーチング」状態ではなかったかと感じました。
「オーバーリーチング」とは、「オーバートレーニング」の前の段階で、「オーバートレーニング」の状態になればまったく走れない状況になるのですが、走れるようで走れない・乗っていけないのが「オーバーリーチング」の状態です。7月、8月の練習内容がわかればよいのですが、怪我がなければそのような状態であったように感じました。
アスリートの究極の目的は、オリンピックです。そこで最高のパフォーマンスを発揮するためには、長期にわたる計画的な選手の育成が必要であることはわかっているのですが、なかなか上手く実施できないのが現状のようです。そこで役立つ文献を見つけました。
お持ちのかたはもう一度読み直してください。その文献は、「Sportsmedicine 2004 No.63」に掲載されている連載(「間」の考察から運動そのものへ)で、鳴門教育大学の綿引氏、コレスポの高橋氏、そして旧東独の運動生理学者ノイマン氏との対談です。
その冒頭に、「機能システム統合モデルについて」というテーマでの話があり、その一部を紹介したいと思います。
『綿引:まずは、機能システム統合モデルの図についてお聞きしたいのですが。(図は省略) このモデルについてどのように考えたらよいでしょうか。
ノイマン:これを発表したのはいつだったのか、忘れましたが、かなり以前のことです。
綿引:私は、すでに1970年代においてこのモデルが確立されたと聞いたことがありまが、だとすると、大変な驚きです。
ノイマン:時代を先取りしていました。今日においても、この問題に複合的に着手している者はいないでしょう。私は当時から、複合的な視点を持っていました。私は専門がバイオロジーで、その意味では複雑な機能を有する「生体」を扱うわけですから、当然のことです。
綿引:人間が持っている非常に複雑な機能や構造といったものを統合的にみるための、ある種の科学的な方法論というのが、私にはなかなかイメージできないのですが。
ノイマン:私はとにかく細部に立ち入る研究・実験を行いました。ということは、「理論」というよりも「事実」、つまり「実証」なのです。この図は、それらをまとめて単純化して表しています。
綿引:しかし、まとめるということ自体が大変では。科学的な思考というか思想に裏づけられていなければならない。
ノイマン:確かにそうです。当時は「とにかくトレーニングさえやればよくなる」と考えられていました。しかし、トレーニングは単に疲労要因というだけで事足りるのではない。この超回復モデルにしても非現実そのものであり、全く機能しないのです。
高橋:非現実的で、全く機能しない? それは大変な言明ですね。どう理解したらよいのですか。
ノイマン:選手たちがトレーニングをすると、まず疲れます。そしてコーチは、疲労した生体にさらに負荷をかけます。そうすると、体内では生体が自らを守ろうとします。この守ると言うのは、適応化という形での反応です。それ自体が自動調節を行います。
このことから、コーチにとって指導上の結論は、メリハリのある負荷増加と負荷軽減のリズムをしっかり行うということです。3週間なり、あるいは3日間負荷を徐々に上げていきます。
3日間の場合、グリコーゲンが完全に回復していないため、休息を与えなければなりません。私たちは動物実験を行って、その結果からヒトに適用可能なモデルを提示していったのです。つまり、このモデルを説明すると、最初の適応化のために、4ないし6週間のトレーニングをします。そうして一定のレベルに達します。
ただし、この6週間の中でも、4ないし5日に1日は負荷軽減日が設けられていなければなりません。
高橋:このモデルでは6週間となっているのですが、なぜですか?
ノイマン:それは、何もないゼロのレベルから始めるわけではないからです。ベッドから起きてすぐにトレーニングを始めるわけでもなく、さらに、各選手のトレーニング状態が異なっていますから、4週間でも十分な選手もいるのです。
それぞれのレベルがそもそも違う、つまり、生体が他者より早く機能するとか、例えば、プロテイン合成速度と関連します。トレーニングを通して、筋内のアミノ酸交換が起きるのです。ちょっと話が複雑になってきましたが、要するに、幅があるということです。バイオロジーでは、全く個別的に取り組むことが必要なのです。
一例として、11日間の適応化があり、8日目を過ぎると心拍数が徐々に下がり始めます。つまり、最初の約1週間は運動の初期制御が起こります。すなわち、運動が負荷に合わせて変換する。その後、エネルギー貯蔵庫が拡大していく。そして、3週間後に短い休息を入れる。
そうすると、末梢筋群とともに中枢も最適化していきます。そして約1ヵ月後、免疫システムやホルモンシステム、心肺システムなどの相互調和ができあがるのです。
高橋:そういうことをシステム統合として表しているのですね。
ノイマン:そうです。私はまず、持久性負荷を基本にしていますから、器械体操や新体操などのような運動学習のトレーニングが基調である場合は、当然、違ってきます。種目によって違ってくるのです。ただし、本質的にはこうなるでしょう。器械体操選手の場合は、筋感覚などのレセプターを介するコオーディネーションのプロセスに働きかけることに、より多くの時間を費やすことになる。
とりあえず、この超回復のモデルは正しくないことは確かです。ゴミ箱入りです。つまり、これでうまくことが進むわけがない。これが正しいなら1カ月後にトップアスリートが誕生することになります。
私たちは分析目的も兼ねて、応用トレーニング研究所のエルゴメーターセンターでトライアスロンナショナルチームの診断を5年間にわたって行いました。
その結果、最大酸素摂取量は1年当たり2%増大することが確かめられ、また、有酸素と無酸素の境界に位置するラクタート2における走速度のパフォーマンスは1年にわずか1.7%の向上であることが判明しました。
これは20名の選手を対象に行った診断によるものです。つまり、安定的な適応化というのは、われわれが意図するように早く達することはないということです。それが、現在、深刻な問題として、持久系種目の世界トップ選手は28~30歳くらいであるということ。
20歳くらいで世界ジュニアを制覇した後、トップパフォーマンスを目指すトレーニングを最低3~5年実施しなければ、世界トップクラスに仲間入りすることができない。
しかも仲間入りしただけであって、そこから事実上のトップを目指すのです。これは、1年当たりの基礎的な適応化が非常にゆっくりとしか進んでいかないことに起因するのです。
綿引:ただし、現実にはこういうモデルが、まだ日本でも世界的にも支配的ですが。
ノイマン:そうです。これは旧ソ連が70年代半ばに発表したものですが、グリコーゲンのみを対象にして
いる、言わば、グリコーゲン用の超回復を単純化して表したにすぎないのです。
負荷をかけるとグリコーゲンが減少する、それで休息すると、あるいは炭水化物を摂取すると、グリコーゲンが増え元のレベルを超えるということにすぎない。
当時、このことを他の生体機能すべてに当てはまるであろうとした経験的モデルです。スポーツパフォーマンスは、グリコーゲンの要因だけで成り立つものではないのです。誰が考えても当たり前のことです。むしろ、パフォーマンスには、この中枢神経システムが大きな割合を占めている
まず、トレーニングするという意志がなければならないし、筋運動のプログラミングなどもしなければならない。
綿引:革命的ですね。
ノイマン:マイネル氏とその他の人々の間違いは、バイオロジーを一切理解しなかったことにあります。つまり、生体がトレーニングするという根本的な視点がない。その一方で現実をみれば、タレントもいなければ、それにふさわしい社会環境も整っていない。
良好なトレーニング条件もない中で、そのタレントを10年とか15年かけて指導できなければ、トップにはなれないのです。と言うわけで、このような超回復モデルのように、一面的な結論から導かれたモデルとか方法論などが氾濫しているのです。まあ、物事を組織化していくためのヒントと言う意味では役立つでしょう。
ただし注意しておきますが、マイネル氏の考え方を非難しているのではないということです。彼の推し進めた研究活動と世界的なその業績は大きく、歴史的な必然性なのです。
しかし、今日の時代変化においては、学際的な知識が求められています。その1つとして、バイオロジーの知識も必要なのです。生体反応について、例えば、マラソンをして免疫システムが過剰に負荷を強いられると、特に感染力の弱い選手などは、咳き込んだり、風邪をひきやすくなる。
こうなるとトレーニングなど不可能です。つまり、生体内にある自己防衛力への負担が過剰になっているのです。極度なストレスによる負担が免疫力を弱めるので、負荷を与える際には、この免疫システムを考慮し、代謝の状態をカタボリズムではなくアナボリズムが優勢になるようにしなければならない。
そうした理由により、現在まで多くの選手がアナボリカというドーピング剤を服用しているのです。つまり、カタボリズムから脱することができないときにこうした犯罪行為に手を染めるのです。
今ではそのチェック技術も進化しており、少なくはなってきているものの、このことが、以前はそのような行為に走る理由だったのです。すなわち、裏を返せば、回復という大切なポイントをきちんと守っていないからです。トレーニングにおける回復は、負荷と同様、あるいはそれ以上に大切なポイントなのです。
高橋:休息はそんなに大事なんですね。
ノイマン:そう、休息、すなわち回復は非常に重要です。
高橋:つまり、両者間の統合、または一体性ということですね。
ノイマン:通常、負荷増加と負荷軽減の関係は3対1のリズムで構成されます。3日間の負荷の翌日は30~50%程度の負荷に軽減して、体に休養を与えるのです。このリズムを週間単位でも構成する。つまり、3週間の間、負荷を徐々に上げていき、4週間目は徐々に下げていく。そのため、高地トレーニングなどは通常は3週間で十分です。4週間目は低地に戻るわけですから。
綿引:この休養日の負荷は詳しく言うと、どんな内容ですか。
ノイマン:最低でも30%軽減すること。つまり、負荷は実施されるが、ストレスが起きないような内容であることです。私は特にトライアスロンに携わっていますが、その日は、せいぜい1時間程度の水泳をやって終了し、その後の時間はフリーです。当初は選手自身も理解できなかったのですが、その後、定着しています。』
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