投球動作について|ニュースレターNO.090

日本バイオメカニクス学会の学会誌「バイオメカニクス研究」の2003年Vol.7 No.4に、日本体育学会第54回大会関連報告として「野球の投球動作のバイオメカニクス-どうしたらより速いボールを投げられるようになるのか-」というテーマで書かれたものがありました。

より速いボールを投げるためにはどうすればよいのか、バイオメカニクスの見地からどのように分析しているのか、想像がつきましたが読んで見ました。

内容については、まず投げるメカニクスと野球の投球動作の特徴ということで、投球動作においては空間的要因の制約下(プレートから離れて助走をつけて投げられない)と時間的要因の制約下(打者走者との時間的な兹ね合いがある)においてボールを投げ出すまでに、いかに効果的な動作(動き)を使って大きな力を手指からボールへ加えることができるかという戦略が問われていると述べています。

次に、投球動作のキネマティックスということで、加速期とボールを加速する動作について述べています。加速期については「加速期」を踏出した足が着地した時からリリースするまでと定義して説明しています。

ここで注目すべきことは、肩が最大に外旋されたところからボールが最大に加速されますが、その最大加速度が出現した後、ボールがリリースされるまでの間では、さらにボールを加速しようとしてもそれ以上大きな力を手指からボールへ加えることができないということです。

その理由は、この段階では手から指先に向かってボールが移動すると同時に球速がさらに増していくので、手指とボールとの物理的な接触が失われていきつつあるということと、投球する腕の筋肉が力-速度関係によって筋力の発揮が難しくなるということのようです。

このことから、実質的にボールを加速することができるのは、踏出した足が着地する前後から、肩が最大に外旋位になってからボールが最大に加速されるまでの期間であると述べています。また、スナップ動作は、ボールの加速度に影響を与えるものではないということです。

そして、投球動作のキネティックスということで、関節トルクと関節力の関係、投球する腕の肩の外旋・内旋および肘伸展メカニズムについて述べています。

ここでは、特に肩の外旋・内旋に関して、「踏出脚着地前後からほぼ最大外旋位時までは吸収(伸張性収縮)パワーとなり、その後リリース時までは発生(短縮性収縮)パワーとなることを見出した。これらのことから、肩外旋からの内旋動作は典型的な伸張-短縮サイクル(stretch-shortening cycle:SSC)運動である。」と述べています。

そして、加速期に生じる急激な肘伸展動作について、Feltner and Dapenaの研究結果から、肘は肩が最大に外旋した後に急激に伸展するけれど、伸展トルクの発生は加速期中かなり小さな値を示しているので、肘の伸展がその動きを直接生み出す上腕三頭筋に起因していないといえると述べています。

また、Feltner and Dapenaは、「肘の急激な伸展について、肩が最大に外旋された後に肘で発生する急進的な関節力(肘から肩へ向かう力)が急増するので、この求心力が肘が90度前後屈曲していると投球する腕の重心回りのモーメントとして働くために、この力が肘を伸展させると述べている」ということです。

最後に、実践的示唆としてより速いボールを投げるためにはどうすればよいのかということでまとめてとしています。

1.大きな速度でボールを投げ出すためには、ボールをもつ側の「腕の振りをより速くする」必要がある。具体的には、肩内旋および肘伸展動作を使い、それらの動作速度をより大きくしてボールを大きく加速する必要がある。

2.肩水平内転トルクおよび外転トルクを増大させることが内旋トルクの増大を導き、内旋速度を増大させることになる。

3.肘伸展速度は肘での求心的関節力に起因するので、肩水平内転トルクを増大させることが肘求心力の増大をもたらし、伸展速度を増大させることになる。

4.バイオメカニクス変量(トルク)を効果的により大きくするためには、動作(姿勢を含む)すなわち「技
術」が重要である。投球技術の良し悪しがこれらの変量を効果的に大きくし、球速を高める鍵を握っていると考えられる。

5.投球動作における技術的ポイントは、次ぎの2点である。

①踏出脚着地時において、体幹を後方へひねった状態で肩外転および肘屈曲90度位に保持する。

②ボール加速期において、肩外転90度位に保持したまま、体幹のひねりを使う。

これらの時期に、このような「合理的な」姿勢や動作を採ることによって、肩内旋および肘伸展速度を効果的に増大させることができ、ボールを大きく加速させることができると考えられる.

6.上記の①と②に示す姿勢や動作(特に肩外転90度)は、体幹長(ひねり)軸回りの投球上腕の慣性モーメントを最大にするので体幹や肩を回しにくくなる。しかし、筋の力発揮特性(カ-速度曲線)によれば、逆に体幹や肩周辺部の筋群がより大きな力を発揮するためには好条件となると考えられる。

7.遠投はピッチングよりも大きな力やパワーを必要とする投げ方である。遠投において、外転90度に近い内転が生じるのは体幹や肩周辺部の筋群がより大きな筋力を発揮する必要があるためで、また肩が大きく外旋するのはその内転によって肩により大きな関節力(前方力・上方力)が生じるからと考えられる。

より速いボールを投げるために遠投を練習手段のひとつに取り入れることができると考えられる.

以上は、まさにバイオメカニクスの研究結果であり、そこからどのようにボールを投げればよいのかという分析になっています。このような研究結果から、実際のトレーニングに役立つ示唆もいくつかありました。それは上にまとめたことをどのように解釈し、トレーニングに活かすかということになります。

しかし、理解を誤りますと、パフォーマンスの向上にはつながりません。ここで考えなければいけないことは、投球動作とは全身のつながりをもったものであり、部分的な動きの強調であってはならないということです。ボールを加速するためには、からだの一部、動作の一局面だけ意識してもどうにもならないのです。

いわゆる手投げに近づくことになります。動作の分析は、一コマ一コマの静止画を取り出すことではなく、流れの中で分析しなければいけません。静止画で見つけた問題点は、静止したポーズや部分的な動作で改善するのでしょうか。部分的な動きを改善するには、部分的な動きではなく、全体の動きにおいて修正しなければなりません。

というより、全体を動かす中でしか改善できないのです。動きを分析することの難しさは、動きを指導する・習得させることと同じです。自分の目と脳が動作分析器となるように、まさに眼力を鍛える必要があります。人間の目は、機械以上に素晴らしい能力・機能を持っているはずです。いろんな動きを見ながら、頭の中で静止画とスローモーションで再生できるようになりたいものです。

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