Sportsmedicine 2011 No.128に「ランニング障害の診方と対応(鳥居俊:早稲田大学、スポーツ整形外科医)」という記事が掲載されていました。単にランニング障害ということではなく、体の組織について認識を新たにすることができます。特に、筋炎・腱炎について十分な理解ができるものです。
一度筋や腱を痛めたら、完全回復までどのような認識をとどめておくべきかもわかります。ポイントと思われるところを紹介しますが、詳細についてはぜひ上記のマガジンをご覧ください。
『鳥居:ランニング障害の代表的なものとして言えば、骨の障害の疲労骨折、あとは腱の障害もたくさんあります。膝周囲の痛みの場合はいわゆる「ランナー膝」と表現する場合に、欧米だと膝蓋大腿関節障害という膝蓋骨の裏側の障害が主たるものですが、日本人の場合、それはあまり多くない。
どちらかと言うと、膝蓋腱炎、驚足炎、腸脛靱帯炎、これらは全部腱の障害です。したがって、2番目に障害が多い組織が腱だと言えます。足底腱膜炎もそうですし、アキレス腱炎もそうです。私自身も足底腱膜炎を両足とも経験していますし、ジャンパー膝と言われる膝蓋腱炎も両膝とも経験しています。
それでそもそも自分を治さなければいけないという発想から、どうすれば治るのだろう、あるいはどういう変化が起こってくるのだろうと考えてきました。
実は、腱の障害がどのように変わっていくかを追跡した研究というのはあまりないのです。そもそも腱が太くなっている変化に対して、それがいい変化なのか、悪い変化なのかということもあまりよくわかっていなかったのです。腱が腫れている、太くなっている。それをMRIでみて、正常時と変わっていれば、それは質的に変化しているからこれは悪い変化だろうと。
ではMRIで色が変化していなくて太くなっている場合にはいいのかどうか、これについてはわかっていなかったのです。自分の膝や足底を調べて、それで痛みがあるかどうかとか、走れるかどうかということで、対比していってみると、太くなったことについては、結局太くなった状態で落ち着いて、走れるのです。
ということは、太いこと自体は悪い変化ではなくて、どうも損傷部が修復されて治っていった変化だと考えられる。ただ、もとどおりの厚さにはならないのです。とにかく強度が保たれた結果なのではないかと考えるに至ったわけです。
-損傷というのは微細な損傷。
鳥居:そうです。それを治す反応が起こって、たぶん腱の線維が周囲にたくさんできるのです。
-肥厚化すると。
烏居:そういうことです。
-結果として、もとの組織よりも厚くなる。
烏居:厚くなる理由はおそらく、最初は強度の弱い線維しかできないから、たくさんつくらなければいけない。それがたぶん成熟して強度が強くなってくる。あるとき、自分の腱で測ったわけではないのですが、アキレス腱の障害を経験した人たち10人くらいに来ていただき、腱の張力を測定するという実験をしました。
このとき、腱全体の張力と単位断面積あたりの張力を調べました。同じ人で、障害を起こしていない腱と、起こした腱のそれぞれでみたのですが、全体としての張力は、障害を起こして太くなった腱と起こしていない腱とちょうどイコールとなっているのです。ということは、やはり単位断面積あたりにして比較すると、どうも少なくとも障害から復帰して数年以内の段階だともとの強度までは回復しきっていないようなのです。
-その足りない分を太さでカバーしている。
鳥居:そういうことじゃないかと。そうすると、太いからダメだとは言えない。
-それで痛みがなければ、問題ない。
鳥居:そうだと思います。ただ太くなったことに関する問題点は、周囲組織との間の摩擦が起こりやすい
ということです。したがって、腱鞘炎や腱周囲炎を起こしやすいということはあります。腱実質の問題と腱周囲との関係の2つを併せて、腱の障害を考えなければいけないので、周囲との摩擦や圧迫を起こさない場所であれば、腫れていてもそれほどの悪さをしないのですが、衝突してしまう場所では、太いためにまた別のトラブルが起きてくる。
つまり、場所によって、太くてもそれほど困らないところと、困るところがある、あるいはある方向には太くなってしまってもかまわないけれど、この方向に太くなるとまた違ってくるというような捉え方をしないといけないだろうと思います。』
『-その痛みが起こった時点での治療の仕方についても、綿密に考えたほうがいいということですね。
鳥居:そうです。痛みが起こったときのその痛みは実は微細な損傷のものだろうと、まず考えなければいけないでしょう。走れそうだからとがんばってしまうと、たとえば1%の損傷だけだとたしかに走れるので、走ってしまう。しかし、それを繰り返していると、損傷部が大きくなっていく。
そうなると、修復に時間もかかるし、より太くしないと修復されないということが起こってしまうので、結果的にロスが生じる可能性はあります。ですから、まず治すための出発点として、腱の痛みというのは微細損傷だという認識が大事だと思います。
そこでよく私の考えとして言っているのは、病名が腱炎、膝蓋腱炎、足底腱膜炎、腱膜炎というように、炎症の「炎」だと、どうも切れたというふうに認識されにくい。
-腫れているんだなというくらい。
鳥居:ですから、病名をもう少し工夫しないといけないと思います。選手たちも誤解するし、ドクターも専門家(整形外科医)以外だとやはり誤解してしまうと思います。ですからそこの認識を新たにする、もしくはやはり病名の表現の仕方を変えないといけないと思っています。
-断裂性なんとかとか。
烏居:微細断裂とか。欧米の本ですとtendinitis、そのまま訳すと「腱炎」なのですが、そうではなくてtendinopathyという腱の障害、腱の裂傷、そういう表現にしようと言っている人たちもいます。国際陸連ではそのように表現しています。日本語にした場合、「腱症」といってもピッタリこないし、馴染まない。
したがって、普及していかない。まず、断裂、「切れた」という認識をもって、それで切れたところが癒合するように、運動量をある程度セーブしなければいけない。あるいは、患部に対して何か保護するような処置をしながら運動するということを考えなければいけないのです。
-難しいですね。直後はRICE処置?
鳥居:RICE処置でいいと思います。
-それで2~3日後からジョギングを始めるとして。
鳥居:テーピングとか、あるいは局所的な圧迫とか、そういったもので患部が引っ張られすぎないようにする必要があります。
-腱の損傷が生理学的に修復されるのはどれくらいの期間かかる?
鳥居:これについても、実を言うと、経過を追っていった研究は多くないのです。筋損傷で肉離れの場合、最近はMRIが使われるようになっていますが、かつては動物実験などで、よく組織を取り出して検査されていて、だいたい4週間で通常の肉離れは修復されるだろうと考えられています。腱はどうも、ふくれて、修復組織がたくさんつくられて、それが落ち着いてくるという期間まで考えると、1カ月のオーダーでは追いつかないのです。
-1カ月は、ランナーにとっては厳しい。
鳥居:腱の向こう側にある骨を削り取るようなそういう処置をするだけで、その際の腱を単に縦に裂いていく処置だけでも、そのあと腱が数カ月反応して結構太くなるのです。だいたい3カ月くらいそれだけでかかってしまいます。ですからアキレス腱断裂が起こって、保存療法でも手術療法でも半年である程度のレベルで運動できますと言っているのですが、結局トップ選手がちゃんともとのレベルで運動できるまで回復するのに、ほとんどは1年ほどかかっています。
そう考えると、腱の修復には相当長い期間必要になるということです。ですから微細断裂であっても量が少ないとはいえ、ある程度以上の量になった場合には、やはり数カ月のオーダーを考えなくてはいけないだろうと思います。
-数カ月練習量を落とすのは、ちょっと現実的ではない。
鳥居:ないですね。ですから結局、折り合いがつくところで徐々に始めていって、それで実は多少壊しながらまたトレーニングをする。だからトップ選手たちのアキレス腱の障害経験者は、みんなアキレス腱がすごく太くなってしまっています。かつての400mハードルの選手たちなどはみんな「ボコボコ」として太くなっています。マラソンランナーもそうですが。