2011年 6月 の投稿一覧

ランニング障害|ニュースレターNO.266

Sportsmedicine 2011 No.128に「ランニング障害の診方と対応(鳥居俊:早稲田大学、スポーツ整形外科医)」という記事が掲載されていました。単にランニング障害ということではなく、体の組織について認識を新たにすることができます。特に、筋炎・腱炎について十分な理解ができるものです。

一度筋や腱を痛めたら、完全回復までどのような認識をとどめておくべきかもわかります。ポイントと思われるところを紹介しますが、詳細についてはぜひ上記のマガジンをご覧ください。

『鳥居:ランニング障害の代表的なものとして言えば、骨の障害の疲労骨折、あとは腱の障害もたくさんあります。膝周囲の痛みの場合はいわゆる「ランナー膝」と表現する場合に、欧米だと膝蓋大腿関節障害という膝蓋骨の裏側の障害が主たるものですが、日本人の場合、それはあまり多くない。

どちらかと言うと、膝蓋腱炎、驚足炎、腸脛靱帯炎、これらは全部腱の障害です。したがって、2番目に障害が多い組織が腱だと言えます。足底腱膜炎もそうですし、アキレス腱炎もそうです。私自身も足底腱膜炎を両足とも経験していますし、ジャンパー膝と言われる膝蓋腱炎も両膝とも経験しています。

それでそもそも自分を治さなければいけないという発想から、どうすれば治るのだろう、あるいはどういう変化が起こってくるのだろうと考えてきました。

実は、腱の障害がどのように変わっていくかを追跡した研究というのはあまりないのです。そもそも腱が太くなっている変化に対して、それがいい変化なのか、悪い変化なのかということもあまりよくわかっていなかったのです。腱が腫れている、太くなっている。それをMRIでみて、正常時と変わっていれば、それは質的に変化しているからこれは悪い変化だろうと。

ではMRIで色が変化していなくて太くなっている場合にはいいのかどうか、これについてはわかっていなかったのです。自分の膝や足底を調べて、それで痛みがあるかどうかとか、走れるかどうかということで、対比していってみると、太くなったことについては、結局太くなった状態で落ち着いて、走れるのです。

ということは、太いこと自体は悪い変化ではなくて、どうも損傷部が修復されて治っていった変化だと考えられる。ただ、もとどおりの厚さにはならないのです。とにかく強度が保たれた結果なのではないかと考えるに至ったわけです。

-損傷というのは微細な損傷。

鳥居:そうです。それを治す反応が起こって、たぶん腱の線維が周囲にたくさんできるのです。

-肥厚化すると。

烏居:そういうことです。

-結果として、もとの組織よりも厚くなる。

烏居:厚くなる理由はおそらく、最初は強度の弱い線維しかできないから、たくさんつくらなければいけない。それがたぶん成熟して強度が強くなってくる。あるとき、自分の腱で測ったわけではないのですが、アキレス腱の障害を経験した人たち10人くらいに来ていただき、腱の張力を測定するという実験をしました。

このとき、腱全体の張力と単位断面積あたりの張力を調べました。同じ人で、障害を起こしていない腱と、起こした腱のそれぞれでみたのですが、全体としての張力は、障害を起こして太くなった腱と起こしていない腱とちょうどイコールとなっているのです。ということは、やはり単位断面積あたりにして比較すると、どうも少なくとも障害から復帰して数年以内の段階だともとの強度までは回復しきっていないようなのです。

-その足りない分を太さでカバーしている。

鳥居:そういうことじゃないかと。そうすると、太いからダメだとは言えない。

-それで痛みがなければ、問題ない。

鳥居:そうだと思います。ただ太くなったことに関する問題点は、周囲組織との間の摩擦が起こりやすい

ということです。したがって、腱鞘炎や腱周囲炎を起こしやすいということはあります。腱実質の問題と腱周囲との関係の2つを併せて、腱の障害を考えなければいけないので、周囲との摩擦や圧迫を起こさない場所であれば、腫れていてもそれほどの悪さをしないのですが、衝突してしまう場所では、太いためにまた別のトラブルが起きてくる。

つまり、場所によって、太くてもそれほど困らないところと、困るところがある、あるいはある方向には太くなってしまってもかまわないけれど、この方向に太くなるとまた違ってくるというような捉え方をしないといけないだろうと思います。』

『-その痛みが起こった時点での治療の仕方についても、綿密に考えたほうがいいということですね。

鳥居:そうです。痛みが起こったときのその痛みは実は微細な損傷のものだろうと、まず考えなければいけないでしょう。走れそうだからとがんばってしまうと、たとえば1%の損傷だけだとたしかに走れるので、走ってしまう。しかし、それを繰り返していると、損傷部が大きくなっていく。

そうなると、修復に時間もかかるし、より太くしないと修復されないということが起こってしまうので、結果的にロスが生じる可能性はあります。ですから、まず治すための出発点として、腱の痛みというのは微細損傷だという認識が大事だと思います。

そこでよく私の考えとして言っているのは、病名が腱炎、膝蓋腱炎、足底腱膜炎、腱膜炎というように、炎症の「炎」だと、どうも切れたというふうに認識されにくい。

-腫れているんだなというくらい。

鳥居:ですから、病名をもう少し工夫しないといけないと思います。選手たちも誤解するし、ドクターも専門家(整形外科医)以外だとやはり誤解してしまうと思います。ですからそこの認識を新たにする、もしくはやはり病名の表現の仕方を変えないといけないと思っています。

-断裂性なんとかとか。

烏居:微細断裂とか。欧米の本ですとtendinitis、そのまま訳すと「腱炎」なのですが、そうではなくてtendinopathyという腱の障害、腱の裂傷、そういう表現にしようと言っている人たちもいます。国際陸連ではそのように表現しています。日本語にした場合、「腱症」といってもピッタリこないし、馴染まない。

したがって、普及していかない。まず、断裂、「切れた」という認識をもって、それで切れたところが癒合するように、運動量をある程度セーブしなければいけない。あるいは、患部に対して何か保護するような処置をしながら運動するということを考えなければいけないのです。

-難しいですね。直後はRICE処置?

鳥居:RICE処置でいいと思います。

-それで2~3日後からジョギングを始めるとして。

鳥居:テーピングとか、あるいは局所的な圧迫とか、そういったもので患部が引っ張られすぎないようにする必要があります。

-腱の損傷が生理学的に修復されるのはどれくらいの期間かかる?

鳥居:これについても、実を言うと、経過を追っていった研究は多くないのです。筋損傷で肉離れの場合、最近はMRIが使われるようになっていますが、かつては動物実験などで、よく組織を取り出して検査されていて、だいたい4週間で通常の肉離れは修復されるだろうと考えられています。腱はどうも、ふくれて、修復組織がたくさんつくられて、それが落ち着いてくるという期間まで考えると、1カ月のオーダーでは追いつかないのです。

-1カ月は、ランナーにとっては厳しい。

鳥居:腱の向こう側にある骨を削り取るようなそういう処置をするだけで、その際の腱を単に縦に裂いていく処置だけでも、そのあと腱が数カ月反応して結構太くなるのです。だいたい3カ月くらいそれだけでかかってしまいます。ですからアキレス腱断裂が起こって、保存療法でも手術療法でも半年である程度のレベルで運動できますと言っているのですが、結局トップ選手がちゃんともとのレベルで運動できるまで回復するのに、ほとんどは1年ほどかかっています。

そう考えると、腱の修復には相当長い期間必要になるということです。ですから微細断裂であっても量が少ないとはいえ、ある程度以上の量になった場合には、やはり数カ月のオーダーを考えなくてはいけないだろうと思います。

-数カ月練習量を落とすのは、ちょっと現実的ではない。

鳥居:ないですね。ですから結局、折り合いがつくところで徐々に始めていって、それで実は多少壊しながらまたトレーニングをする。だからトップ選手たちのアキレス腱の障害経験者は、みんなアキレス腱がすごく太くなってしまっています。かつての400mハードルの選手たちなどはみんな「ボコボコ」として太くなっています。マラソンランナーもそうですが。

ストレッチングの話題|ニュースレターNO.265

1980年代に我が国に紹介されたストレッチングですが、いまだに注目を浴びるテーマになっています。アスリートから一般人まで幅広く活用されているわけですが、その本質を間違って理解している人も多いようです。実際ストレッチングの勉強会をしても、ストレッチングを本当に理解している人は皆無です。

それは仕方のないことでもあります。ストレッチングの方法や形だけで教えられたり教えたりしているだけで、ストレッチングの本質を教えられる人がいないからです。

どんなスタイルでどこを伸ばすかという単純なものではなく、ストレッチングを何のためにやるのかという目的を理解し、その目的を達成するために、どのような手段を用いて、どの筋肉をどのようなつながりで、どのように伸ばすのかという理解が大切なのです。その理解がなければ、結果も明確です。

今回紹介するのは、コーチング・クリニック(2011年7月号)に掲載されていた谷本道哉氏の記事です。ストレッチングの目的を明確に理解できる内容なので、ピックアップして紹介したいと思います。興味ある人は原文をお読みください。

『ストレッチングの行い方によって多少は変わりますが、その強度は2~2.5メッツ程度、つまり安静時の約2~2.5倍の酸素消費量(エネルギー消費量とほぼ同義)の運動とされます。一般に健康・維持増進のためによく行われる軽めの運動を見ると、ウォーキングで4メッツ、軽いジョギングで6メッツ程度ですから、それと比べるとかなり低い強度となります。

健康維持・増進のための運動の目安として、古くからアメリカスポーツ医学会(ACSM)の健康維持増進(心疾患との関連を背景とする)のためのガイドラインがよく参照されます。その概要は、「50%VO2max(5~7メッツ程度に相当)以上の強度で20分以上を、週3~5回程度」とされています。このガイドラインから考えると、2~2.5メッツという値は健康増進を目的とするには強度としてはかなり足りないものと考えられます。

厚労省の運動基準2006では活発な身体活動量を増やすことを推奨していますが、身体活動量としてカウントされる運動強度は3メッツ(普通歩行程度)以上としています。しっかりとした運動ではなく、活発な身体活動でも効果を認めるとするこの基準から見ても、ストレッチングは強度的に不十分ということになります。

また、ストレッチングで筋にかかる力は受動的なものであり、これも方法によりますが、その大きさは通常の場合で10~20%MVC(全力のアイソメトリック筋力発揮の20%)程度と大きくありません。ストレッチングによって、ギプス固定などの長期間の不活動時の筋委縮を抑えられるという報告はありますが、筋を強く大きくするという報告はありません。与えられる張力負荷からも、そのような効果が得られるとは考えられません。

どのレベルからを「運動」と呼ぶかという定義はありませんが、健康の維持・増進という目的に対して見た場合、以上からストレッチングは運動と呼ぶには「強度としてはかなり足りない」という結論になるでしょう。』

『体重の増減は基本的に「エネルギーの出納」で決まりますので、ストレッチングのエネルギー消費量から計算してみます。ストレッチングの運動強度を2.5メッツとし、体重60kgの女性が毎日念入りに10分間を1ヵ月実行したとします。

酸素摂取量とエネルギー消費量の関係から計算すると、消費力ロリーは、{2.5(メッツ)-1(メッツ)}×10/60(時間)×60(kg)×30(日)×1.05で約470kcalとなります。体脂肪(脂肪組織中の中性脂肪のこと)は1gで9.5kcalのエネルギーをもちますので、この消費エネルギーがすべて体脂肪の減少につながったとして、減量できる体脂肪は1ヵ月の実行で約50gになります。

ストレッチングの実行でキレイに痩せられると思っている女性は多いようですが、このあたりの数字の現実を知っていただく必要があると思います。ちなみに、瞑想しながらストレッチングと同様の動作を行うヨガも、エネルギー消費量、減量効果は同じくらいです。

ストレッチングは行っていて息が上がったり、疲労を感じたりすることはないのですから、ストレッチング自体には「直接的」な大きな減量効果や、先に触れた健康増進効果が見込めないのは当たり前といえば当たり前すぎることでしょう。ストレッチングなら低強度の運動でも高い効果が得られるなどという、都合のよい話はありません。』

『この筋肉を伸ばすことで身体に起こる主な変化は、大きく2つあります。1つは筋肉が伸びやすくなることで関節の可動域が大きくなる、いわゆる柔軟性が増すという変化。もう1つは筋肉のこわばりをほぐし、血液循環をよくしてコンディションのよい状態にするという変化です。

ストレッチを行うことで関節の可動域が広がると、動作の幅に余裕ができて、身体をスムーズに大きく動かせるようになります。また、筋肉のこわばりをほぐしてコンディションをよくしてあげれば、身体が快適に動くようになります。

大きく快適に動く身体の状態ができれば、日常の活動量も上がりやすくなるという「間接的な効果」が期待できるでしょう。身体が快適に大きく動くようになり、日常の活動量が増えてくれば、運動の実行に対する敷居も低くなるのではないでしょうか。さらに運動を始めてみようというところまでいければ、間接的にかなり大きな効果につながります。

肩や腰がカチカチにこわばって、手足も大きく動かせないようでは、日常からてきぱきと身体を動かすのも億劫になりますし、運動を始めようという気にもなれないでしょう。また、そのような状態で運動を始めるのも危険です。

「まずはスタートとしてストレッチングで動ける快適な身体づくりから」という位置づけでストレッチングを行うのは大変よいことだと思います。ただし、ストレッチングには健康増進・体形改善の「直接的な効果」はほとんどありません。快適に大きく動ける身体になったところで日常から活動的に身体を動かす、運動を始めるという「間接的な効果」にまでつなげていかなければいけません。』

『週23エクササイズ…というのはちょっとわかりにくい表現ですが、具体的な運動でいい換えるとおおむね「毎日8000~10000歩くらいの“生活活動”(日常の活動で最も大きいのは歩行運動)と、週に1回、30分~1時間くらいのジョギングなどのある程度以上の強度の“運動”を行いなさい」といい換えることができます。

この基準値の注目すべき特徴は、「意図的な運動」も大事ですが、それ以上に日常において「活発な生活活動を行うこと」の重要性を呼びかけていることです。

運動の実行は週に1回1時間くらいでよく、普段から活動的にキビキビと日常を過ごすことでも生活習慣病の予防になる、というのです。ですから、ストレッチングの間接効果を得るために、快適になった身体で日ごろからてきぱきとよく身体を動かしましょう、週に一度くらいは運動もしましょう、ということになるわけです。

なお、この基準は、「ほとんど日常で身体を動かさない人に比べて生活習慣病の発症リスクが有意に下がる最低ライン」に基づいています。ほとんど動かない人に比べて生活習慣病の発症リスクが有意に下がる身体活動量は「23エクササイズ(8000~10000歩相当)以上」、発症リスクが有意に下がる運動量は「4エクササイズ(30~60分の軽い運動に相当)以上」という疫学研究を基にしているのです(2つの最低ラインの両方を満たす基準としている)。』