2009年 12月 の投稿一覧

健康神話にだまされるな|ニュースレターNO.230

今年最後のニュースレターです。ちょうど230回目となります。あわただしい一年でしたが、新たにいろんな方との出会いがあり、収穫の多い年でもありました。また、自分自身のこの先のこともいろいろ考えることができました。そして、自分自身のまとめとしての本(スポーツトレーナー虎の巻)も出版することができ、勉強会も各地で開催することもできましたので、よくやれた一年であったと思います。

今回のニュースレターは、前回プラシーボ効果で紹介した高田明和氏が書かれた「健康神話にだまされるな(角川書店2008)」です。この本を読んでやはり何事も疑いを持って観察したり、本を読んだり、人の話しを聞くことの大切さを再認識しました。マトヴェーエフ氏の教えのとおり、「木を見て森を見ず」とならないようにすることが大切だということです。

特に、マスコミに取り上げられるようなことや話は、信用しにくいものです。ほとんどが一面だけを見て取り上げている感があります。

上手い話に乗らないことは当然ですが、つねに「なぜ?」という疑問を持って事に当たりたいですね。有名な人が話していたからとか、偉い人が言っているというようなことがほとんどですが、その次に必要なことは、自分自身で検証することです。特に、スポーツトレーニングや治療に関することについは、実際にやってみることができるはずです。

この本は、健康神話について次の8つのテーマを取り上げています。興味のある方は、ぜひ読んでみてください。ここでは、序章のところから、いくつか取り上げて紹介します。

1、ビタミンEは寿命を延ばさない
2、DHA、EPAは寿命を延ばさない
3、牛乳は体に悪くない男牛乳が体に悪いというのは本当か
4、「ガンもどき」は存在しない
5、コレステロール値が高い方が脳梗塞になりにくい
6、食塩摂取を減らしても血圧はほとんど下がらない
7、肥満、糖尿病は砂糖の摂りすぎのせいではない
8、紫外線は体に悪くない

『誰でも健康で長生きしたいと願っています。また、病気になったらなるべく正しい治療を信頼できる医療機関で受けたいと思っているでしょう。

しかし、その情報は本当に正しいと確信をもてますか。正しいとしたら、その理由は何でしょう。新聞や雑誌に書いてあったからですか?テレビで放送されたからですか?あるいは一流大学の先生が話していたからでしょうか?それとも、お上、つまり厚生労働省が発表したからでしょうか?

しかし、厚労省の発表は常に正しかったでしょうか。薬害エイズ問題、C型肝炎問題、みなまたあるいは水俣病などについての行政の見解は正しかったでしょうか。

「たしかにそのような大問題はあった。しかし、一流大学の教授が長い間研究してきた結果だから間違いはないのではないか」あるいは「欧米の研究雑誌に発表された結果には間違いがないのではないか」、それを信じないなら、信ずるものがなくなるのではないかとお思いかもしれません。

ところが、科学が進歩してくると、研究成果の発表というのも簡単に信じられない、あるいは信じてはいけないということが明らかになってきたのです。

私が大学を卒業した一九六〇年代の研究の仕方は次のようなものでした。ある大学病院で診察、治療を受けた人のうちで、ある病気の人がどれくらいいるか調査をします。その人たちの食生活などを調べ、たとえば60%の人があるものを食べていたので、それを食べることがその病気になる率を高めると結論づけるという方法です。

典型的な例は緑茶です。昔から緑茶は健康によいと言われています。たしかに緑茶にはビタミンCが多く含まれ、カテキンなども多く含まれています。発ガン物質を与えた二群の動物のうち、一方には緑茶の成分のカテキンを与え、もう一方には与えなかったところ、カテキンを与えた群の死亡時期は、そうでない群の死亡時期より遅れたのです。

このような研究の結果を知れば、緑茶がガンを抑制する効果があると思うのは自然です。日本では、緑茶が胃ガンを防ぐという研究発表が相次ぎました。緑茶をよく飲む地方の人には胃ガンが少なく、飲まない地方の人には胃ガンが多いという「地域相関研究」からも導かれた結論です。

また、「症例対照研究」という手法もあります。それはある地域に絞って胃ガンになった人とそうでない人の食生活を調べ、結果、胃ガンになった人の方が緑茶を飲んでいなかった、というような結論を導く手法です。これは地域でなく、大学病院で受診した人たちを調査してもよいのです。私が大学を出たころの研究はそうでした。

ところが、時代が進んでコホート研究(大規模疫学調査)という方法がとられるようになりました。たとえぽ、ある時期において、ある地方に住む人のうちで緑茶を飲んでいる人が誰か、飲まない人が誰かを調べ、10年後に誰が胃ガンになったかを調べるというようなものです。

これは、食べ物に限らず生活習慣などについても調べられる方法です。そして図1に示すように、地域相関研究とか症例対照研究では緑茶がガンを抑える作用があると出たのに、コホート研究では緑茶を飲むことはガンの予防にはならないという結果になったのです。』

『人はなぜ信じてしまうのか。なぜこのようなことが起こるのでしょうか。それは地域相関研究とか症例対照研究が次のような説明と似ているからです。第一次世界大戦の時も第二次世界大戦の時もある国ではナスが豊作でした。だから、ナスが出来ると戦争になりやすい、と。戦争とナスのような次元の違いが明確な場合には「そんな馬鹿な」と一笑に伏しても、一見、関係がありそうなことには真実味を帯びてくるのです。

あなたがヨーグルトを多く食べて花粉症が軽くなったとします。ある時「私は最近ヨーグルトを食べるようになったら花粉症が治ったわよ」と知人に言います。その知人も「私もそうよ、やはりヨーグルトは体によいわね」と答えたとしたら、あなたはヨーグルトはアレルギーによいのではないかとすっかり確信してしまうようになるのではないでしょうか。

しかし、これには科学的根拠があるのでしょうか。アレルギーにヨーグルトがよい場合もあるでしょうが、多くの人に効果があるとどうしてわかるのでしょうか。

これに応えるのが大規模調査です。花粉症の人を集め、くじ引きで当たった人はヨーグルトを食べ、当たらない人は食べないというように条件を決めます。そして、ある期間その状態を続けて、その結果、花粉症にどういう影響が出たか調べます。これはいろいろな薬について行われている手法でもあり、この時に結果が公正になるように、本人や医師にも分からないよう、片方の群には薬ではなくプラシボという薬のように見える粉を飲ませたりします。』

『多くの人を対象にして、長期にわたって調査しても、同じような結果になるとは限らないのです。ある研究ではある薬がプラシボより効果があり、別の研究では効果がなかったり、あるいは逆に症状を悪くするなどという結果が出る場合もあります。そこでさらに多くの研究結果をまとめて全体としてどうかを調査します。これを「メタアナリシス(メタ解析)」と言います。

最初の調査結果をもとに薬が開発されたり、あるいはある生活習慣や食べ物が特定の病気を予防するのによいといった研究結果が出たりします。多くの企業がその薬などを宣伝し、行政もこの食べ物や薬が効果があり、病気を防いだり治したりすることを強調するようになります。

テレビなどでもそのような報道がなされ、新聞、雑誌にも、これこれの食べ物はこれこれの病気を治す、あるいはそのような病気にならないようにするなどと書きたてます。人々は当然それを信ずるようになります。ところが、別の研究班が同じような大規模調査をすると、その結果が逆になることがあるのです。だからメタアナリシスが必要なのです。

従来とは違う結果が出ても、すでに多くの人が最初のデータを信じ込まされていますし、行政もいまさら、そうではないとは言いにくいのか、沈黙を守る場合が多々あります。その結果、本当は何が正しいのか分からないというような状態が続くのです。』

『このような矛盾は、研究結果の示すところと、それを一般の人々に健康法として提示することに違いがあるというところから起きるのです。さらに問題なのは、研究結果も調査するグループによりデータがまちまちで出されますし、かならずしも皆が同意するような結果は得られていないということです。

ところが一度人々の耳に届くと、その知識が不動のものとなり、生き方の中に組み込まれてしまいます。そうなると、最初の研究結果は必ずしも正しいとはいえないということが分かっても、それを納得してもらうことが困難になるのです。無理して考えを変えなくても、肥満が抑えられるならよいではないかなどとして、行政は提言を撤回するようなことはしないのです。

このような理由から、本当は何が体によいかということと科学的根拠とが同じでないということが起こりますし、人々が信じてきたこととも異なるという場合が多くあるのです。』

『どうしたらよいのでしょうか。何を信じたらよいのかということについて、私の考えを述べさせていただきます。

まず医学が提示する健康法は統計、確率により得られているということです。たとえば、あることをすると体によいということは、それをすると、しない人よりも健康になる人が3割いるというような結果によって発表されます。つまり7割の人には効果がない可能性があるということです。

あることをすると7割の人には健康によい結果が出るというような場合には、研究者は「これをすることは体によい」と結論づけます。しかし、これは全員にとってよいということではないのです。タバコを吸うことは多くの人にとってよくないでしょうが、大丈夫な人もいます。実際、このようなことはあるのです。

健康法とは統計確率の問題で、10人のうち7人にとってよいということであり、効果のない人もいるのです。だからといってある健康法をやめるなら、体によいというようなことは何一つなくなります。

第二は生活を苦しくし、楽しみをなくすような健康法は間違っているということです。無理をして食べたいものを食べないような生活ではストレスがたまり、その結果、血圧が上がったり、高血糖になったりしてかえって病気になります。学者が勧める限度はかなり危険を見越して設定されています。

農薬の基準値のようなものです。普通はこれを少し超えても体には異状を来しません。そこで、体重なども標準体重を少し超過気味でも気にする必要はないのです。過度の肥満がいけないということなのです。

第三はすべてのことには長所、短所があるということです。悪いばかりのものなどはないのです。後でも述べますが、紫外線は悪い影響ばかりではありません。紫外線が少ないとガソになったり、感染症になったりします。紫外線が悪いのはとくにひどく浴びた場合なのです。さらに、紫外線照射の結果ガソになるのは非常にまれです。極端に一方的な健康法をよしとするのは間違いなのです。

第四は検査データを気にしすぎないということです。ある検査データが異常値だととても心配になります。しかし、そのデータが悪い値だという場合にも、病気になる確率は非常に低いのです。

例をガンにとりましょう。ガンで死ぬ人は日本では10万人あたり250人くらいです。最近、BMI(体格指数、体重㎏/身長㎡)が5上がると大腸ガンになる率は24%増えるという結果が報告されました。マスコミは}斉に、肥満は大腸ガンの発症率を増やすと報道したのです。しかし、これはBMIが25の人が30になった、たとえば、身長が170㎝で体重が72㎏の人が87㎏になった場合です。80㎏くらいまでは大腸ガンの発症率は増えないのです。

このように、「太ってはいけませんよ」という限界は、非常に低く見積もってあるので、少しくらい基準をオーバーしたからといって一喜一憂する必要はないのです。そして、予備軍という概念です。予備軍とは基準値をはずれている人たちのことではなく、基準値の上限に近い人のことです。油断すると上限をはずれますよという意味であって、あくまでも基準値の範囲内であることに注意してください。

予備軍の人は病気ではないのです。ところが、医師から「あなたは予備軍ですよ」と言われると、病気になってしまったような気がして本当に病気に移行してしまう人も少なくありません。精神的なショックが血糖値を上げ、血圧を上げることによるのです。予備軍といわれても、あまり気にしないようにすることが精神にとって大事なのです。

最後は誰を信ずるかということです。著名な学者でも間違った提言をすることがあります。その人が嘘を言っているというのではなく、データの解釈が間違うということです。株の予想などと同じです。日本経済、世界経済のデータについては同じでも、人により将来の株価の予想は異なります。データをどのように読むかは、データの正しさと関係しないことを意味するのです。

健康情報については、自分でそのデータがどのようなものかを調べてみること、さらに信頼できる相談相手をもつということが大事です。

このような観点から、この本ではさまざまな健康情報について現在得られるできるだけ正しい情報をお示ししようとしています。あるデータはあなたにとって驚きかも知れません。しかし、それが真実なのです。私は皆さんの判断の手がかりを提供しようとしているのです。』

プラシーボ効果|ニュースレターNO.229

今年最後の月に入ってもう1週間が経過しました。毎週何かの予定が入っていると1週間、1ヶ月が短いですね。先週は横浜でスプリント・ランニングをテーマに勉強会をしてきました。トレーナー、ドクター、PT、教員など様々な分野の方が集まり、5時間近くやりました。

その後、懇親会も遅くまで開催され、いろんな情報が飛び交いました。非常に楽しい有意義な時間を過ごすことができました。やはり尐人数でやりますので、中身の濃い勉強会ができたと思います。今後もテーマを変えながら勉強会を継続していきたいということでした。それで、今お聞きしている勉強会の場所と日程をお知らせしておきます。定員は10名までですのでご希望の方は各々の世話役の方にお問い合わせください。

さて、今回のニュースレターでは「プラシーボ効果」について紹介したいと思います。高田明和著の「脳トレ神話にだまされるな(角川oneテーマ212009)」という本を読みました。最初は、「脳トレ」ということなので、そのことについて書かれていると思ったのですが、その中に「プラシーボ効果」について書かれているところがありました。

非常に興味深いことが書かれていました。そこを読んでわかったことは、「プラシーボ効果」は指導者やトレーナー、施術家などにとって大変重要な意味を持っているので、それをどのように理解し、どのように活用すればよいかということです。すなわち、指導者やトレーナー、施術家が信頼され、その指導や施術を選手や患者に信用させなければいけないということです。

よくあんなめちゃくちゃな練習やトレーニングをしていて結果が出るのはおかしいと思ったり、理解できない背朮をしていても治ったりすることがありますが、それはまさに「プラシーボ効果」だったのでしょう。この人の言う事を聞いてやれば強くなれると思ってやっていたり、治してもらえると思うからなのでしょう。

しかし、いつかそれは「プラシーボ効果」だったということがわかると、それから結果は出なくなるということです。いつも「プラシーボ効果」だけでうまくいくことはないということでしょうか。

「プラシーボ効果」をいかに使えばよいのか、そんなヒントが得られると思いますので、興味のある方は上記の著書を読んでみてください。ここでは、「プラシーボ効果」のところから抜粋して紹介したいと思います。

『優しくするということはどのようなことでしょうか。

優しい言葉や気分をよくするような態度が、脳にどのような影響を与えるかを調べることで、優しくするということの意味を知ることができると思います。

言葉が心と体にどのような影響を与えるかについて知るために、偽薬といわれる「ブラシーボ」の実験がよく行われます。

プラシーボという言葉は、もともと「喜ばせる」とか「喜びを与える」という意味をもつラテン語です。さらに、「喜ぶ」「受け入れる」という意味も含むようになりました。ですから、最初は「偽」とか「偽りの」という意味はまったくなかったのです。プラシーボが医学的に定義されたのは、1787年に英国で出版された『クインシー辞典』の中です。プラシーボは「医術のごくありきたりの方法」と定義されています。

プラシーボの効果を可能にさせるのは「言葉」です。言葉の意味することを信ずることで、心と体が変わるということです。』

『その年にカリフォルニアのロングビーチの病院にリンパ腫の末期のライトという患者が入院してきました。彼にはオレンジ大の腫瘍が体中にいくつもできていました。彼を診察したウエスト医師は、余命数日と診断したのです。

この病院は、新しく開発されたクレビオゼンというがん治療薬の臨床試験をする医療機関に指定されていて、この患者は、クレビオゼンが自分のがんの治療に効果があると固く信じていました。そして、それを注射してくれるようにウエスト医師に頼んだのです。

この薬の臨床試験に参加する条件が余命3ヵ月以上だったので、医師ははじめ依頼を拒否します。ただ、患者がどうしてもというので、やむをえず金曜日の午後にこの薬を注射したのです。

ところが、驚いたことに、翌週の月曜日の朝、ウエスト医師が患者を診察したときには、彼はベッドを離れ、看護師に冗談を言うほどに元気になっていたのです。さらに驚いたことに、腫瘍はまるで融けてしまったかのように、数日のうちに半分になっていたのです。そして、10日後には腫瘍はまったく消え、彼は自家用飛行機を操縦するまでになっていたのです。

その数週間後に、彼は「クレビオゼンには効果がない」という記事を新聞で読んでしまい、クレビオゼンの効果を疑い始めました。次第に元気がなくなり、うつ状態になったのです。2ヵ月ほどの問にがんが勢いを増してしまい、健康状態は急速に悪化しました。そして、初めて病院を訪れたときと同じような状態になっていたのです。

ウエスト医師は「そんな記事を信じてはいけません」と厳しく言って、「これはスーパークレビオゼンです。効果が2倍になっています」と言って、取り出した注射器にその薬液を入れて注射したのです。

実はこの薬は水でしたが、まもなく悪性腫瘍は消えて、胸水もなくなっていたのです。その後も「水の注射」が続けられ、彼は次第に元気を回復し、また飛行機を操縦できるまでになりました。

2ヵ月後にアメリカ医学会がクレビオゼンの臨床効果を発表したという新聞記事が出ました。「クレビオゼンにはまったく効果がないことがわかった」と書かれていたのです。彼はその記事を読んだ数日後に入院し、2日後に死亡したのでした。

患者が医師を尊敬するときには、プラシーボ効果が大きく出ます。患者が「この先生なら病気を治してくれるだろう」と考えるときが、プラシーボが効果を示すときです。多くの研究が示すところによると、過去によい医師に出会い、よい医療を受けた人にとって医療は大きな効果を示し、反対に過去に悪い医師に出会い、治療がうまくいかなかったという経験をもつ人には医療による効果は尐ないのです。』

『患者が治療をする人に畏敬と信頼をもつようになるのは、治療者が患者にとても常識では信じられないという体験をさせる場合です。

古代、呪術師は、治療を受ける人に幻覚を引き起こす物質を与えました。たとえば、ヒヨス種の植物です。これはヨーロッパ、北アフリカ、アジアなどに広く分布しています。ヒヨスを摂取すると眠くなり、視覚、聴覚に幻覚を引き起こします。紀元前1500年ごろのパピルスに、エジプト人はヒョスの「種であるヘンペインについて記載し、これが狂.気をもたらす食べ物であるとしています。古代ギリシャでは毒薬として使われ、狂気を引き起こすとともに予言能力を与えるとされました。

マンドレークという植物ほど魔術と結びついた植物もないとされます。マンドレークの根は人間に似ています。ピタゴラスはマンドレークを「小人間」と名づけています。実際、マンドレークには人を酔わせ、おぼれさせるような独特の匂いがあり、この匂いがマンドレークの伝説を生んでいます。

紀元前3世紀のギリシャのテオフラストスは、「マンドレークを採取する者はまずそのまわりに輪を描き、西を向いて上のほうを切り取り、さらに決まったダンスをし、呪文を唱えてから根を抜いた」と記載しています。

このような幻覚をもたらす植物のエキスを飲まされたあとに託宣を受けた人は、呪術師に偉大な力があると思ったに違いありません。ですから、呪術師の与える物質は、どのようなものであっても病気を癒す効果があったと思われるのです。

すなわち、プラシーボとは、人と人の心の関係において成り立つ治療薬だと言っても過言ではないのです。

まず医師の言葉の影響についてみてみましょう。

私たちが病気になると、「この病気は何であろうか」「治るだろうか」「薬はどのようなものを使うのか」など、医師の説明を一言も聞き逃すまいと気持ちを集中して聞きます。その際に、私たちの心の奥にある気持ちは、医師が本当のことを言っているか、薬を医師は本当に効くと思っているのかを知りたいのです。これはあとで述べる期待という気持ちで、プラシーボ効果を発揮させるのに重要なのです。

英国で1987年に報告された研究結果は、医師の言葉がどんなに重要かを示しています。研究者は、具体的な症状がないのにもかかわらず、「頭痛がする」「おなかが痛い」どうき「疲れやすい」「動悸がする」など、さまざまな自覚症状をもつ人たちを被験者に選びました。

この被験者を二群に分けました。医師は、一方のグループに「具合が悪いようですね。でも2、3日で完全によくなりますよ」と告げ、プラシーボを与えたのです。もう一方のグループには「いろいろ調べたのですが、原因がわかりません。この薬が効くかどうかわかりませんが」と言って、プラシーボを渡しました。

医師に肯定的に「2、3日で治ります。この薬が効くでしょう」と言われたグループでは64%で症状がよくなりました。一方、医師から否定的に言われてプラシーボを渡されたグループの場合、39%が快癒したに過ぎませんでした。

これはプラシーボの効果を示すものですが、もっと驚くことは言葉のみでプラシーボを与えられなかった人たちの場合です。一方の人たちは「2、3日で完全によくなりますよ」と言われ、もう一方の人たちは「原因がはっきりしません」と言われ、プラシーボを渡されなかったのですが、この両者にも快癒の率に差が現れたのです。

肯定的な言葉をかけられた人の64%にともに快癒がみられ、否定的な言葉をかけられた人たちの39%が快癒したに過ぎなかったのです。つまり、言葉だけでプラシーボの効果を示したのです。

このようにプラシーボを与えなくても言葉だけで効果を示すような場合を「プラシーボなきプラシーボ効果」と言います。』

『プラシーボ効果は、将来起こるであろうと思われることへの期待から生まれるという考え方ですが、そのことについてのオーストラリアの心理学者、ニコラス・ボードゥーリスらによる研究を紹介しましょう。

皮膚に電流を流されると痛みを感じます。しかし、同じ強さの刺激に対して、誰でも同じくらいの痛みを感ずるわけではありません。ボクサーは強烈なパンチを何度も受けますが、私たちが思っているよりも痛いと感じていないと言います。だからこそ、耐えられるのです。

皮膚に電流を流すときに、被験者にその痛みがどのくらいかを点数化してもらいます。点数は0~10点で、10点が耐えられない痛みです。ある強さの電流を流しても、人によって6点の痛みであったり、3点の痛みだったりします。これでは実験になりませんから、3点と答えた人には、尐し電流を強く流し、5点と答える電流の量を決めます。このようにして参加者全員に同じような痛みを感ずる電流の強さを決めます。

被験者に5点になる電流を流します。次に皮膚に「新しい鎮痛薬(痛み止め)」と説明したクリームを塗ります。そして、5点の電流を流します。実はこのクリームは痛み止めでもなんでもないプラシーボなのです。ところが、被験者は痛みの点数が3点だったと答えます。このようにプラシーボクリームは痛みを減らす効果をもちます。

次にクリームを塗ったあとで、もっと弱い、本来なら3点くらいになる電流を流します。被験者は「これは効くぞ」と思ったでしょう。本人には同じ強さの電流を流していると説明します。次の日に最初と同じように5点の痛みを与えるはずの電流を流します。するとクリームを塗ったほうは1点の痛みになるのです。つまり、ただのプラシーボに比べて、一度効くという経験をすると、その効果がもっと顕著になるのです。

一方、別のグループには別の仕掛けをします。クリームを塗ったあとに同じ程度の電流を流すと言いながら、じつは8点に相当する電流を流すのです。当然、痛みは増します。被験者は「このクリームは効かない」という感じをもったことでしょう。翌日にまたクリームを塗って、それから5点の電流を流します。被験者はクリームが効かないと思っているので、鎮痛効果はないはずです。

ところが、それでも塗らないときに比べて、痛みが減っているのです。もちろん、痛みの軽減効果は前のグループの示す効果より尐ないのですが。効かないかもと思いながらも、効くだろうという期待がプラシーボ効果を生んでいることがわかります。

このように、刺激とクリームの効果を結びつけることを「条件付け」と言いますが、条件付けはプラシーボ効果を高めも、低めもします。

また、条件付けがなくても、プラシーボには効果があります。条件付けが可能であるのは、起こるであろうことを脳が期待しているから、つまり、痛みが減ることを期待しているからだと考えます。条件付けはあくまでもプラシーボの作用を学習して獲得するものです。そこに期待が生まれるのですが、今まで学習していないのに効果があるというのは、期待そのものが効果を示すということになります。

『側坐核が刺激されると、その情報は前頭前野の外背側部を刺激します。この部位の活性化は扁桃の活動を抑え、不安、恐怖などの感情を抑えるのです。同時に、中脳水道周囲核を刺激してβエンドルフィンを分泌させます。また、中脳の腹側被蓋を刺激すると、ドーパミン神経が活性化され、それがさらに側坐核を刺激するという「正の回路」が形成されます。その結果、痛みを感じなくなるのです。

プラシーボを与えられたときに、「痛くないはずだぞ」と考え、その指令を脳のいろいろなところに送るのは前頭前野とその外背側部なのです。

痛みを感じなくさせるのは側坐核の働きですが、プラシーボの作用には痛みを抑える働きだけでなく、よいことを期待するという働きもあります。

つまり励ましたり、優しく慰めたりする言葉は、私たちの心と体に非常に大きな影響を与えているのです。言葉を発する人のことを聞く人が信じているということが重要なのです。

プラシーボ効果を確かめたうえで、医師が「これは実は砂糖の塊です。しかし、これを飲んだ人のほとんどは症状が消えています」と言って砂糖の塊を与えると、多くの人で病気の症状は消えるのです。患者は「この先生が、これで病気は治ると言っているのだから、砂糖の塊に病気を治す効果があるのではないか」と思い、その効果を信ずるから病気が治るのです。

プラシーボ効果を教育に当てはめてみると、指導される者や教えられる者が、指導者や教育者を信ずるならば、指導者の教え、言葉は非常に大きな効果を発揮するということです。

本来なら本人に苦痛を与えるかもしれない場合でも、同じことが言えます。妊娠のつわりで苦しんでいる女性に、「つわりの薬で吐き気を止めます」と言って、もっと吐き気を強める薬を与えても吐き気が止まるのです。このことは、厳しいとか厳しくないというのは、受ける人がどのように感ずるかどうかもポイントで、周囲の人が「厳しい」、「辛いだろうな」と思うような指導も、本人がそれを喜びと感ずる場合もあるということを意味するのです。

教育の場合、叱るのがよいのか、褒めるのがよいのかという議論にも当てはまります。叱ったり、褒めたりする人の本当の気持ち、自分のことを本当に考えてくれているということを、本人が理解するかどうかがカギになるとも言えるのです。』