2008年 12月 の投稿一覧

高校女子駅伝|ニュースレターNO.206

今年のニュースレターも今回で最後になります。1年があっという間に過ぎ去っていきますね。先週に行いましたリ-コンディショニング講座も受講者の方には満足していただけたようです。しかし、まだ具体的な「何かの問題については何をすればよいのか」ということを知りたい方もいたようです。

まずテクニックの考え方とテクニックのコツを習得しなければ何も始まらないということを解ってほしいと思います。トレーニングについても同じです。具体的なものをほしがることは、基本的な考え方と手段が理解できていないということです。

それがわかればどんな状況に対しても応用が利くのですが、まだまだこのような方が多いようです。本当に知識と技術が身に付いていれば、自然に対応できますし、結果も満足いけるものになるはずです。本やDVDを見てわかっているつもりでも、実際の現場ではぜんぜん役に立たないし、そういう人は本に書いてあることを丸写しで人に指導しているはずです。

当然、相手のかたも満足されないでしょうし、成果も見られません。本当の技術を持っていれば、かならず何らかの成果が見られるはずですし、指導を受けた方も満足感ともっと指導を受けたいと思われるはずです。指導するということは、必ずよい結果が得られるということです。

先般のリ-コンディショニングの講座では、本当に理解してやればすぐに結果となって現れるということがわかってもらえたと思います。モビリゼーションやリンパドレナージュもそうですが、ストレッチングも技術がいるのです。その技術の差は明らかに出ます。

理解してやれるようになった方は、直ぐに自分の貴重なテクニックとして活用することができ、指導した相手の方の信頼も得ることができるはずです。ぜひ、自分の技術を磨くために、また必殺テクニックを学びにきてください。

さて、今年最後のニュースレターは、高校駅伝について取り上げたいと思います。日本の高校の長距離レベルは高いのに、大学や社会人に進んでからはだめになる選手がほとんどです。このことは、何年も前から私が訴え続けていることですが、いまだに改善の兆しが見られません。

むしろ、深みにはまって行っている気がします。高校駅伝があるために、高校の年代に走りすぎているという現状が将来性をなくしていることに早く気づいてほしいのですが、難しいようです。将来に向かってピリオダイゼーションを考えて指導している指導者が皆無に等しいことは悲しいことです。

たくさん走る前に、速く走る・速く走れる動き・フォームを教えるべきなのですが、それができないので、ただ走りこめば速くなるという考え方しかないのが情けないことです。

毎日新聞朝刊(12月4日(木)~8日(月)の5回)に「都大路に吹く嵐」という連載がありました。それを読むと現状がわかると思います。
『全国高校女子駅伝で優勝を経験した元ランナーは今年、新しい生命を身ごもった。高校卒業後に実業団に進んだが、故障のために現役引退。現在は20代で、九州に住む。「高校時代に月経が来なくなって母親から心配されたけど、無事に子どもができた」と笑った。

高校時代、監督が設定した「適正体重」を100gでも超えると、すぐに減量を指示された。身長150cm足らずの彼女の設定は34kg。入学後すぐに月経が止まった。本人は「周りの人がみんな同じだったから」と気にかけなかった。卒業を間近に控えたころ、体重が1kg増えただけで月経は戻ったという。

女子長距離選手にとって、月経異常は避けられない問題だ。骨粗しょう症、摂食障害と併せてFAT(Female Athlete Triad)と呼ばれる。「女性とスポーツ環境」の著者、石田良恵・女子美術大名誉教授は「現場での理解は進みつつあるが、今もなお多くの指導者が女性の生理が分からずに強くしようとしている」と危倶(きぐ)する。

月経は、女性ホルモンの一つの卵胞ホルモンが分泌されて訪れる。このホルモンは骨を強くする作用を持つ。閉経後の女性に骨粗しょう症の危険性が高まるのはこのためで、若くても体脂肪が減少すると、ホルモンの分泌が抑えられて月経異常を起こす。

運動能力を上げるために体脂肪を落とさなければいけない女子選手の場合、その危険性は高くなる。

07年度の文部科学省「体力・運動能力調査」によると、17歳の女子の平均身長は157.93cm、体重は52.71kg。しかし、全国高校女子駅伝に出場する強豪校の選手の体重は多くは40kg台で、中には30kg台の選手もいる。月経異常を起こす可能性が高くなると言われる体脂肪率が17%を下回っている傾向が強い。

女性の特質に配慮した上で、運動と休養のバランス、栄養面の指導など細かな配慮が求められるのに、現場で指導するのは多くが男性教諭。石田名誉教授は「選手からは体の変調を『言いにくい』という面もある。生理がない方が楽という選手もおり、指導者も含めて現場の無知さには驚く」と打ち明ける。

「女性スポーツの医学」などの著書があり、女性アスリートのケアを続ける目崎登・帝京平成大教授は「無月経、骨粗しょう症、摂食障害の三つは関係が深い。疲労骨折した人に月経異常が多く、走行距離の長さも関連する。高校の指導者が男性でも、女子マネジャーなどを通して月経をチェックすることが必要ではないか」と指摘する。』

『宮崎市の獅子目整形外科に、近くの私立高陸上部の女子選手が血液検査を受けるために通う。新学年になった春、夏の強化合宿の前、秋の県予選直前など年5回。院長の獅子目賢一郎さん(68)が20年間に診た選手は200人以上になり、「データを見ると、その選手の調子が分かるようになってきた」と話す。

獅子目さんが知人に頼まれて貧血防止を目的にした血液検査を始めたころは、データを分析する指標もなかった。現在では、筋肉の疲労度を表す酵素の値や、その時の選手の心理状態をクロスさせることによって、選手個々の状態をより正確に把握することができるようになった。一方で、学校に出掛け、選手の練習や寮生活を見守ることも欠かさない。

獅子目さんは「スポーツ医学の分野は急速に進歩したが、血液検査だけで選手の調子を把握するには穴が多い。女子選手の場合は、月経の状態を把握するなど、ほかの医学的ケアを組み合わせることが必要」と話す。

男女を問わず、長距離は医学との関係が深い。90年代に実業団や大学の有力チームが、選手個々の血液検査のデータを練習の強度やメニューに反映させ始めたのを契機に、同様の手法は高校レベルにも広がった。今回の出場校もほとんどが、血液検査を実施している。

東北地方のあるチームは、学校が駅伝の強化に乗り出した5年ほど前から、月に1度の血液検査を始めた。監督は選手たちのヘモグロビンや鉄分の値を見ながら、練習メニューを考慮する。この学校の監督は「貧血状態だとスピードが落ちてくる。練習を考えたり、選手の体調を管理する上で血液検査は欠かせないこと」と話す。

日本陸連はこの8月、高校世代の女子長距離選手約400人を集め、初のジュニア合宿を熊本・阿蘇で開いた。ここで目的の一つとなったのは、医学的なケアを含めた体作りの必要性を選手に自覚させること。夏の高校総体、秋から冬にかけての駅伝、年明けからのロードレース’と体を酷使させがちな選手たちに、長期的な体作りの重要性や、休息、食事の大切さを説いた。

陸連は同様の合宿を来年は男子を対象にして実施する計画という。原田康弘ジュニア育成部長は「体力やドーピング、栄養など若いうちからいろんな知識を持てる教育をしたい。競技者として、走るだけではない知識の大切さを感じてもらえれば」と、選手本人の意識改革に期待をかける。』

『岐阜、長野県にまたがり、民謡「木曽節」に謡われる御嶽山(おんたけさん、標高3067m)は近年、長距離選手の合宿地として脚光を浴びる。標高1700m付近の地点にある施設は今年、ナショナルトレーニングセンター(東京)の強化拠点に指定。夏休みには立命館宇治(京都)、須磨学園(兵庫)、豊川(愛知)など女子駅伝の強豪も集う。

99年ごろから、岐阜県と高山、下呂両市が400mトラック2面、林道やウッドチップコースの整備に着手。高橋尚子の高地トレーニングが注目を浴びたのが起爆剤ともなり、昨年は実業団や大学、高校など95団体1万7000人が施設を利用した。

岐阜県は高校総体(インターハイ)地元開催翌年の01年度から、ジュニア強化策として、競技ごとに選んだ県立高の部活動に、高地トレーニングの合宿費や医科学サポートを補助する事業を始めた。6回目の出場になる中津商(中津川市)の陸上部も夏休みに約20日聞の合宿を実施。羽柴卓也監督は「足に無理な負担をかけずに強化することができる。高校でも高地トレーニングは主流になる」と話す。

高地トレーニングの主な目的は低い酸素濃度の環境で心肺機能を強化することだ。血中酸素を運ぶヘモグロビンの量を増やして、運動能力や持久力を上げる。標高1500m以上で効果があるとされ、米国・ポルダーや中国・昆明、スイス・サンモリッツがトップ選手には一般的だ。

秋冬の駅伝シーズンを控え、夏は走り込みの時期となる。関東、近畿、東海などの学校にとって、合宿地はかつて、長野・菅平など標高1000m前後の高原が主流だった。しかし御嶽山エリアの整備に伴い、より高い効果を求め、高地トレーニングを重視する傾向が進む。

5年前に、長野・菅平から御嶽山に合宿地を変えた常磐(群馬)の高木雅一監督は「高地トレーニングを経て、記録を測ると、ほとんどの選手が自日記録を更新する」と実感している。ところが国内でこの標高で合宿施設が整備されているのは御嶽山だけ。国内の広い地域の高校が利用できる地理条件になく、宿泊できる人数も限られる。

毎日新聞が今大会の代表58校を対象に実施した調査でも20校が今夏、高地での練習を実施したと回答した。毎年、標高約800mの大分・久住で合宿をする九州地方の監督は「(本格的な)高地トレーニングをやれば強化の仕方も変わってくると思うが、費用の面からなかなか行けない」と嘆く。』

『京都光華のアンカー・森下幸穂は、大きく両手を広げてゴールに入り、初の全国大会進出を喜んだ。11月の近畿高校女子駅伝。1、2年生だけの構成ながら、1時間9分57秒で、立命館宇治(京都)、須磨学園(兵庫)に次ぐ3位に入り、地区代表の座を獲得した。

学校は全国高校駅伝の発着点、京都・西京極陸上競技場から約300m。選手たちは補助員として当日の運営を支えてきた。強化を本格化させたのは06年秋。福岡・大牟田で選手として全国準優勝の経験がある森永啓史監督(30)を迎え、昨年は府予選2位。各地区代表に出場枠が与えられる今年の記念大会に照準を合わせた。

今年で20回を数える女子の都道府県予選の参加は1053校。第1回は1187校で始まり、一時は1300校を超えたが、00年には1004校まで減少した。しかしこの年のシドニー五輪女子マラソンで高橋尚子が金メダルを獲得したのを機に、増加に転じる。一方で、男子は00年から243校も減った。

女子は5人でもチーム編成が可能で、走る距離も最長区間が6km。球技と違って技術の向上に時間がかからないため、私立校を中心に、練習のノウハウを持った監督の招へいや、環境整備などの強化策に乗り出した。NPO法人ニッポンランナーズ理事長の金哲彦さんは「男子と比べると、女子は距離が長くなくて敷居が低い。陸上部のない学校でも挑戦ができる」と話す。

地方の放送局も高校駅伝を良質なコンテンツとしてとらえ始めた。山形県では05年に、「テレビユー山形」が県予選の生中継を開始。コースを県庁所在地の山形市内に変更し、日曜日午後の放送で視聴率は10%を超えた。同局の清原康宏編成部長は、「視聴者に身近な地域の高校生が競うだけに注目度が高い」と話す。中継開始前は11校だった参加校が今年は21校に増えた。

強化に力を注ぐチームが増えるとともに、代表争いは激化している。第1回の出場47校のうち、今大会に出場するのは14校。この5年間に初出場を果たしたのは、今年の6校を含め、25校に上る。

女子の都大路の最高記録は96年の埼玉栄(1時間6分26秒)。以降、選手個々の力量が伸びていないわけではないのに、チームとしての記録向上にはつながっていない。ある常連校監督は「力のある選手が散らばることで、代表を狙えるチームが増えてきた。一方で埼玉栄の記録を狙うレベルのチームづくりは難しくなっている」と指摘する。』

『「伸びそうな選手なのに高校でやめてしまって、もったいない」「強いチームの選手は高校で練習をやらされ過ぎて、その後はあまり伸びない」。女子実業団有力チームの指導者の間ではこんな言葉がささやかれている。

今大会の出場校を対象に、今年3月の卒業生約260人の進路を尋ねたところ、卒業後も陸上を続けているのは半分。約50人が実業団、約80人が大学で走り続ける。男子は箱根駅伝の影響で大学志向が高いが、人気の高い大会がない女子もその傾向が強くなった。

関西地方のある高校の監督は「以前は強くなろうとする選手は実業団に進んでいたが、最近は大学で楽しみたいと考える子が増えてきた」と感じている。

長距離はスポーツの中でも管理される側面が大きい。特に女子の場合は丶それが体重、食事、月経などにまで及ぶ。全国大会優勝を経験したある選手は「高校時代は何も考えず、監督の言われた通りにする生活だった」と振り返る。しかし、大学や実業団では一転して自由な部分が増え、環境の変化に対応しきれない選手もいる。

高校駅伝で活躍し、ジュニア世代などの日本代表になった元選手は、高校卒業後「五輪を目指したい」と実業団に入った。しかし、3年目の今春に突然退社し、陸上から離れた。「なぜだか分からないが、走りたいという気持ちが切れてしまった」。燃え尽きた理由は誰にも分からない。

アテネ、北京五輪の代表選手のジュニア時代の記録を見ると短距離やフィールド種目は中高生の時代から上位にランクされる例が多いが、長距離は一致しないことが多い。実際、福士加代子(青森・五所川原工高-ワコール)や赤羽有紀子(栃木・真岡女子高-ホクレン)らは都大路を経験していない。

日本陸連の原田康弘ジュニア育成部長は「一般種目の選手は高校卒業後も順調に伸びるが長距離はそれぞれに旬がある。有森裕子や高橋尚子もそうだが、高校時代はトップじゃなくても強い選手が生まれる」と話す。

駅伝は同じ高校世代のトラック競技などと比べメディアの注目度も高い。厳しい練習に耐えてレースを迎え、達成感を感じるにせよ、敗北感を味わうにせよ、ここが大きな到達点になってしまう傾向が強い。兵庫・須磨学園の長谷川重夫監督は「高校生は心と体の成長のバランスが難しい。駅伝ばかりではなく、自分が何を目指して走るのかを考えさせることが大事になる」と指導者としての自覚を深める。』

脳は疲れない|ニュースレターNO.205

前回のニュースレターで、来年の1月、2月、3月とリ-コンディショニング講座を開催するとお知らせしましたが、要望もあり、2月の講座はコンディショニング講座として「ランニング」と「スローイング」について、その指導法とトレーニングについてやることにしました。

3月以後の講座の開催は恐らく秋になると思いますので、都合のつく方はぜひ参加ください。また、11月のリ-コンディショニング講座の感想はホームページに掲載されておりますので、ぜひご覧ください。講座は休みなく手技が続きますので、講座中はいろんな話ができません。

とにかく手技の取得に集中されますので、受講される方は、講座だけでなく、その後に行います懇親会にも参加ください。11月の講座では5時間ほどいろんな話が飛び交い、講座の内容以外にいろんな情報が得られたと思います。また、受講者同士のつながりもできますので、そんな機会に交流を深めていただけたらと思います。

さて、今回のニュースレターは、また脳の話しになります。脳科学者池谷裕二氏とコピーライター糸井重里氏の対談書「海馬-脳は疲れない-(新潮社2006)」ですが、非常にわかりやすい話で海馬について語られています。

その中に、「眠っているあいだに、考えが整理される」、「やる気を出すコツはたくさんある」というテーマで語られているところは、指導においてもいろんなヒントが得られると思います。夢は何のために見るのか、睡眠時間は何のために必要なのか、やる気を出すためにはどうすればよいのか、解っているようで解っていないことがわかるようになると思います。

『池谷 すべての動物はさまざまなバイオリズムを持っているんです。歩調のリズムとか、心臓の鼓動リズム、呼吸のリズム、まばたきの瞬目(しゅんぼく)リズム……はては、飯前にお腹が空くとかも含めたさまざまなリズムがあります。いわゆるバイオリズムですね。秋になると食欲が増すなどといった長周期のリズムもたくさんありますよ。

オリンピック選手は四年に一度の大会に向けて、自分のすべてのバイオリズムのピークを合わせるコツを本能的に知っていると言われています。

その中でもいちばん有名なのはサーカディアンリズムという、一日のあいだの「寝て起きる」みたいなリズムです。睡眠のリズムがいかに脳にとって重要かはずいぶんと言われています。

海馬はもちろん起きている時にも十分活動しているんですけど、寝ているあいだにもすごく活動するのです。だからもう四六時中はたらいているんですけども、眠っているあいだには何をしているかと言うと、夢をつくり出しています。

糸井 海馬が夢をつくり出すんですか?

池谷 厳密に言うと海馬を含めた脳全体が関与していますが、海馬は「今まで見てきた記憶の断片を脳の中から引き出して夢をつくりあげる」という役割を担っています。

夢というとどうしても幻想的なイメージがありますけれど、実際はそんなことはありません。ネズミで実験してみるとわかります。その日にあったことが、たいていその直後の夢の中で思い出されているんですね。海馬の神経に電極を埋めてネズミを眠らせると、起きていた時にはたらいていた神経細胞が、夢の中でも反応している・・・・・・つまり、その日にあった出来事をくりかえしているんです。

朝起きて憶えていられる夢は1%もない、と言われるぐらいです。もし憶えていたら夢と現実の区別がつかなくなって、生活が送れなくなる危険性があるのです。しかも夢というのは、記憶の断片をでたらめに組み合わせていく作業です。ぜんぶを憶えていたら、前後の区別のつかない人間になってしまう。

糸井 夢のあいだに起きていた時の記憶を引き出して、海馬はいったい何をしているんですか?

池谷 情報を整理しています。睡眠は、きちんと整理整頓できた情報をしっかりと記憶しようという、取捨選択の重要なプロセスなのです。だから「夢を見ない」というか「眠らない」ということは、海馬に情報を整理する猶予を与えないことになります。

つまり、その日に起きた出来事を整理して記憶できなくなってしまう。

ですから、睡眠時間は最低でも六時間ぐらいは要ると言われています。もちろん個人差はあるのですが、六時間以下の睡眠だと脳の成績がすごく落ちるということは、ここ二年ぐらいのあいだに科学的な証明がなされました。

糸井 睡眠が足りないということは、海馬に情報整理の仕事をさせる時間を与えないということかぁ。徹夜続きで頭を使っているつもりになっていても、それは長い目で見たら、行き詰まりに向かって突進しているようなものですね。気をつけよう。

池谷 毎日のリズムを崩すことが海馬に非常に悪影響を与えることもわかってきました。時差ボケのような状況に陥ると、ストレスで海馬の神経細胞が死んでしまうという実験結果が出たんです。ある航空会社では、その実験が報告されてから「客室乗務員のスケジュールを一から見直そう」という動きに出たそうですよ。客室乗務員はそれこそ常に生活リズムを崩すような生活になっているのだけれども、やはりリズムを守れるように、と。

海馬を殺さず、なおかつ海馬を眠っているあいだに活動させるということは大切だと思います。

糸井 航空会社も、サービスに支障をきたすから「スケジュールを見直す」という判断をくだしたのですね。

池谷 ええ。海馬がだめになっちゃったら、活躍できませんから。

糸井 眠っているあいだ、海馬はどうやって記憶を整理するのですか?

池谷 海馬の神経細胞はぜんぶで1000万ぐらいありますが、それに仮に一、二、三、四・・・・・・と番号を振ったとします。今ぼくは二番と五番を使って話しているとしますよね。

そうしたら今夜寝ているあいだには、「朝は一番を使ったなあ。夜中には四番を使っていたな、夕方には二番と五番を同時に使って糸井さんと話をしていたよな」と思い出しながら、急に二番と四番をつなげたり、二番と一番をつなげたり・・・・・・新しい組み合わせをつくり出してみるんです。それで整合性が取れるかどうかを検証しているようなのです。

そのあいだに眠っている必要がなぜあるかと言うと、外界をシャットアウトして、余分な情報が入ってこないようにして、脳の中だけで正しく整合性を保つためです。

糸井 それって、すごく大事なことですね。眠ること自体も大事な仕事として位置づけるのが、これからの課題ですね。

池谷 ええ。「どんなに忙しくても、睡眠を取らなければいけない」という事実が、すごいなあと思いますよ。人生七五年で平均7時間睡眠だったとしても、二二年近く眠っていることになります。

やりたいことに追われている人にとっては、一見すごくムダな時間に見えるけれども、睡眠がないと人間がダメになってしまう。強引に睡眠を奪ったとしたら、海馬は記憶の整理整頓を、今度は起きているあいだにはじめるんです・・・・・・つまり幻覚が見えることになります。

糸井 幻覚で夢の代用をさせるほど、夢は大事だということでしょう。何か、いろんなことを考え直さなきゃなあ。

池谷 眠っているあいだに海馬が情報を整理することをレミネセンス(追憶)といいます。これはとてもおもしろい現象で、たとえばずっと勉強していて「わからなかったなあ」と思っていたのに、ある時急に目からウロコが落ちるようにわかる場合がありませんか? それはレミネセンスが作用している場合が多いのです。ピアノの練習をいくらしても弾けなかった曲を、次の日にすらすらできてしまったり。

糸井 あれは脳が夜、情報のつなぎ換えをしているうちに、できるようになったのですか?

池谷 そうです。

糸井 眠っているあいだに、ずいぶん高度なことをやっていますね。

池谷 はい。しかも、それは脳に任せておけばいい作業なんです。ぼくたちがしなければいけないことは、「ただ、眠るだけ」。

だから、このレミネセンスを生かすには、一眠る前に一通り仕事をやってみるという工夫があるといいでしょう。そうすると、眠っているあいだに脳が無意識のうちに考えてくれるので、仕事もよりはかどると言うか。たとえば、仕事の〆切がまだまだ先であっても、早めに書類などに目を通しておくということは、とても重要な姿勢だと思います。

ちなみに、夢を見る刺激を与える物質も、さきほどやる気を与える物質と言ったアセチルコリンなんです。ですから風邪薬のようなアセチルコリンを抑えるものを飲むと、情報が整理できない睡眠になってしまいます。

糸井 自然な睡眠でないと、いわば質の悪い睡眠ということになるわけだ。

池谷 はい。……もちろん、アセチルコリンを抑えるのを怖がりすぎて風邪がひどくなっちゃったら本末転倒ですから、薬は飲んだほうがよいのですが、「明日は勝負だ」という時には慎重になったほうがいい、ということですね。

糸井 みんなに教えてあげたいなあ。眠れ、と。』

『池谷 「やる気は側坐核から生まれる」と言いましたが、そのやる気をいかに持続するかもとても重要になります。

糸井 一瞬のやる気なら、誰でもいくらでも出してるもんなあ。

池谷 小さなコツとしては、「自分に対して報酬があると、やる気が出る」などということがありますが、内発的な達成感などもやる気を生み出します。

達成感がA10神経という快楽に関わる神経を刺激して、ドーパミンという物質を出させ、やる気を維持させる。動物に「あるボタンを押すと、A10神経を刺激される」という実験器具を渡すと、もう、ご飯も食べないで死ぬまで押し続ける。それだけ快楽があるというわけですね。ちなみに、ぼくたちがふつうに「あの犬、かわいい」と言っている時でさえ、これは一種の快感ですから、このA10神経が刺激されています。

糸井 快感は何より大きなごほうびですものね。

池谷 達成感という快楽をいかに味わうかと言うと、「目標は大きく」ではなく、「目標は小刻みに」と心掛けるほうがうまくいくようです。もちろん、大きな目標を持つことは大切なのですが、「今日はここまでやろう」とか「1時間でこれをやろう」と、実行可能な目標を立てると、目標を達成するたびに快楽物質が出て、やる気を維持できます。

糸井 すぐ役に立つコツですね。目の前のニンジンが効果的なんですね。人間ってものをたいそうなもんだと思わないほうがいいね。

池谷 また、心理学の言葉で初頭効果と終末効果と呼ぶのですが、テスト時間内の最初と最後に能率があがるように、あることのはじめと終わりには仕事がはかどるんです。それを逆手に取ると、たとえば1時間何かをやるとしても、30分が2回あるんだと思うと、はじめと終わりが1回ずつ増えるから、よりはかどる……。脳との心理戦というか、脳をだますことによってアセチルコリンやドーパミンを出させるというのは、誰でもできることなんです。

糸井 脳をうまく活用するコツって、意外と多くあるのですね。そのひとつずつを、暗記しとかなきゃね(笑)。

池谷 ええ。自分に適した目標というのは、ほんとうに大事だと思います。いきなり高い目標を設定しても、なかなかクリアできません。

サルを使って実験をしている友だちがいるんですけど、彼は、サルにマルと楕円の違いを教えこむ時には、最初からマルと楕円を区別させようとしても、ぜんぜん憶えてくれないと言っていました。マルが出たらレバーを押すようにしつけることだけなら簡単にできる。だけど、そのままだと、楕円が出た時にもレバーを押してしまいます。

この時にぼくの友だちがやったことは、中間の課題として、マルと三角を区別させるんですよ。それは区別がつくんですね。そして成功した時にエサを与えるというように訓練すると、いつしかマルと楕円を区別できるようになる。だんだんと微妙な違いがわかるようになるわけです。

つまり、自分が今どういうレベルにいるのかをわきまえていないと、非効率的にものごとを追求してしまう危険性があるんですね。一足飛びには無理なのだったら、まずは途中にあたる課題に取り組んだほうがうまくいきます。スモールステップアップと言いますか。

糸井 そのサル、まるで自分のことのようです。

池谷 しかも、学習の過程で、より多くのミスをしたサルのほうが将来的には記憶の定着率がいいのです。

脳は、消去法のように、「ミスをした方向に再び進まないように次の道を選ぶ」という性質があります。三角なのにレバーを押してしまって罰を受けたら、これはむしろ脳にとっては飛躍のチャンスなんですね。「これは違うんだ」とわかった上で、次の道を選べるから。失敗をくりかえさないと、あまりかしこくならないです。

糸井 そのへんのことは、直感的にはみんなわかってますよね。でも、失敗を恐れちゃうんだよなあ。コツとして考えれば、もっとラクになりますね。まだまだたくさんコツはありますか。

池谷 脳をはたらかせる細かいコツは、たくさんあります。ブドウ糖を吸収したほうがいいとか、コーヒーの香りが脳のはたらきを明噺にするということも言えます。あとはたとえば、前に言った「扁桃体と海馬がお互いに関係し合っている」ということで言うと、扁桃体を活躍させると海馬も活躍します。

扁桃体をいちばん活躍させる状況は、生命の危機状況です。だから、ちょっと部屋を寒くするとか、お腹をちょっと空かせるという状態は、脳を余計に動かします。寒いのは、エサの欠乏する冬の到来のサインですし、お腹を空かせるのは直に飢えにつながりますから。

「腹が減っては戦はできぬ」と言いますが、確かに飢えていたら戦はできないけれど、尐しはお腹が空いていたほうが、脳はよくはたらきます。扁桃体をはたらかせる卑近な例としては、「感情に絡むエッチな連想をするとものごとを憶えやすい」ということがありますよね。

糸井 得意かもしれない、それ。』