2008年 10月 の投稿一覧

腰痛は怒りである|ニュースレターNO.202

前回からお知らせしていますリ-コンディショニング講座ですが、11月は後1~2名でいっぱいですが、12月は今のところまだ余裕がありますので、ご希望の方は早いうちに申し込みください。2週間があっという間にやってくるので、ニュースレターの準備も大変です。しかし、いろんな情報を皆さんに知っていただき、尐しでも現場に役立てていただけたら嬉しく思います。

さて、前回はサーノ博士のTMS(緊張性筋炎症候群)理論について紹介しましたが、今回も引き続きTMSについてです。今回は、サーノ博士の著書の翻訳者である長谷川淳史氏の著書(腰痛は<怒り>である:春秋社2006)から、TMSについてもっとわかりやすく説明されているところを紹介したいと思います。Q&A形式で書かれているので、非常にわかりやすいと思います。その一部を紹介しますので、興味のある方はぜひ著書をお読みください。

TMS理論は、「痛み」に対する対処法として、一つの示唆を与えてくれるものです。けしてすべての痛みがTMSによるものではありませんが、そのような考え方を持っていることは、大いに助けになるはずです。常に話していることですが、けして何か一つの考え方や理論がすべてを解決してくれるものなどありえません。そういうことから、いろんな考え方を受け入れ、TPOで頭を柔軟にしてその考えや理論を取り入れてほしいと思います。

『-いよいよサーノ博士の治療法に入るわけですが、ところで「TMS」とは何の略ですか?

◆「Ewnsion Myositis Syndrome」の頭文字からとった略称で、日本語に訳すと「緊張性筋炎症候群」ということになります。ただし、「筋炎」といっても筋肉に「炎症」があるという意味ではなく、筋肉内に何らかの変化があるという意味でしかありません。この理論を開発したジョン・E・サーノ博士は、TMSの定義を「痛みを伴う筋肉の生理的変化」としています。

-症候群と呼ぶからには、文字どおりいくつかの症状が集まっているという意味ですか?

◆そのとおりです。かなり乱暴に聞こえるかもしれませんが、これまでは単独の病気が引き起こすと考えられていた筋骨格系のさまざまな症状を、ひとつの症候群としてまとめてしまったのです。

たとえば、肩こりと呼ばれている首や肩、背中の痛みをはじめ、腰痛、臀部痛、手足の痛みやしびれ、さらには四十肩、五十肩と呼ばれる肩関節の痛み、手首、足首、肘、膝などの関節痛まで、すべては共通した原因によるひとつの症候群だということです。従来の医学が診断してきた、表4に示す疾患のすべてがTMSだと考えてください。

-手首の痛みと腰痛が同じ病気だなんて、にわかには信じられませんね。

◆もっともです。しかし、これはサーノ博士の長い臨床経験の中から導かれた結論なのです。

サーノ博士は現在、ニューヨーク大学医学部臨床リハビリテーション医学の教授ですが、世界的にも有名なハワード・ラスク・リハビリテーション研究所のスタッフ・ドクターでもあります。コロンビア大学医学部を卒業したのち、コロンビア・プレスビテリアン小児病院の小児科でレジデンシー・トレーニング(専門医学実習目インターン終了後、さらに病院内に宿泊して臨床医学を学ぶこと)を受けています。

そして、ニューヨーク大学医療センターで特別研究員としてリハビリテーション医学を修め、1965年にハワード・ラスク・リハビリテーション研究所の外来部長に就任しています。ここで注目しておいてほしいのは、サーノ博士はもともと小児科医だったという点です。

博士はのちにリハビリテーション医学に取り組むようになってから、いくつかの素朴な疑問に悩まされるようになりました。

まず、なぜ検査所見と臨床症状が一致しないのかという疑問です。

小児科医だったころとはちがって、リハビリテーションの臨床現場では、あらゆる筋骨格系の痛みを訴える患者を診なければなりません。自分の専門外のことは標準的な現代医学の教科書にのっとって診察を進めるしかないわけですが、現実は教科書の内容とは大きくかけ離れたものだったのです。

-たとえば?

◆たとえば、腰痛は主に腰椎や椎間板の老化によって起こるとされていますが、患者が訴えている症状は、レントゲン写真に写る病変とはまったく関係のない部位に現れているのです。ひどい変形が上部腰椎にあるのに痛みは下部腰椎付近にあったり、右側にヘルニアがあるのに芹坐骨神経痛があったりという具合です。

しかも病変の異常の程度と、痛みの強さが一致していないのですから、一層わけがわかりません。ほんのわずかな変形でも動けないほどの激痛に苦しむ患者がいる一方で、みるも無残な変形がありながら軽い症状ですんでいる患者もいました。何かに神経が圧迫されて坐骨神経痛が起きているはずなのに、その何かはどこを探してもみつかりません。

もちろんその逆の場合もあり、変形が強かったりヘルニアが大きいにもかかわらず、軽い坐骨神経痛しか訴えない串者がいました。そして何よりも不思議なのは、検査でみつかった病変に変化がないのに、治ってしまう患者がいることです。

他にも不良姿勢、運動不足、外傷、骨の先天異常などが腰痛の原因だといわれていました帽いくら医学文献を調べてみても、こうした要因による痛みの発生機序は明らかになっていませんでした。

これはいったいどういうことでしょう?目覚ましい発展を遂げてきたはずの現代医学が、間違っているのでしょうか? それともこうした疑問は、サーノ博士だけの妄想にすぎないのでしょうか?

普通のリハビリテーション医なら、「まあ、そんなこともあるさ」という程度で気にもとめないかもしれませんが、小児科医だったサーノ博士にとっては不思議でならなかったのだろうと思います。

-何の根拠もない原因論がまかり通っているわけですからね。その他にも何か疑問点があったのですか?

◆ええ、それはなぜ治療効果が一定していないのかという疑問です。

その当時行なわれていた治療法は、注射療法、超音波、マッサージ、運動療法が中心だったようですが、重症にみえる患者が驚くほど早く治ってしまったり、軽症にみえる患者がいつまでたっても治らなかったりと、まったく予後の見当がつきませんでした。全体的な治療成績をみても、時には効果があるようにみえるという程度にすぎません。

おそらく小児科にいたときは、こんなことはなかっただろうと思います。教科書どおりの診療をしていれば、確実とはいかないまでも、ある程度の予後は推測できたはずです。どんな病気の場合でも、患者が一番知りたがるのは「いつ治るのか」ということです。その肝心な問いに答えられないわけですから、サーノ博士のいらだちは相当なものだったろうと思われます。

そもそも注射療法や理学療法で、医学はいったい何を達成するつもりなのでしょう?どうがんばったところで、変形した骨が元に戻るわけでもなければ、つぶれた椎間板が膨らむはずもありません。結局のところ、こうした治療法が処方される論理的根拠がみつからないのです。

サーノ博士は、「当時の治療は、いらだちが募るだけでなく、気が重くなるような仕事だった」ともらしています。もっとも、こうした素朴な疑問にこだわり続けたからこそ、常識にとらわれないTMS理論を打ち立てることができたのだ、とわたしは思っています。博士がたまたま小児科出身だったことが幸いしたのです。

-それでサーノ博士はどうしたんですか?

◆従来の診断学や治療学への不信感を募らせながらも、患者を詳しく診察しているうちに、彼らの痛みは骨や軟骨から生じているのではなく、筋肉に生じていることに気づきました。これが「緊張性筋炎症候群」に「筋炎」という語を使った根拠になっています。

やがて、博士は興味深い事実を発見することになります。患者の病歴を調べ直しているとき、筋骨格系疾患に苦しむ患者の多くは、緊張性頭痛、片頭痛、胸やけ、胃酸過多、食道裂孔ヘルニア、胃十二指腸潰瘍、大腸炎、過敏性大腸症候群、痙攣性大腸、花粉症、喘息、前立腺炎、湿疹、乾癬、蕁麻疹、ニキビ、めまい、耳鳴り、頻尿、反復性膀胱炎、易感染性といった健康上の問題を経験していることに気づきました。実に、約九割の患者がこれらの病歴を持っていたのです。

-どういうことですか? 何か共通点でも?

◆はい、立派な共通点があります。これらはすべて、「心身症」と呼ばれる病態なのです。

-心身症ってよく耳にしますが、実際はどういうものなんですか?

◆日本心身医学会は、心身症をこう定義しています。

“心身症とは身体疾患の中で、その発症や経過に心理社会的要因が密接に関与し、器質的ないし機能的障害が認められる病態をいう。ただし神経症やうつ病など、他の精神障害に伴う身体症状は除外する。”

要するに、筋骨格系疾患を抱える患者の大部分が、心理的緊張によって生じる病態を経験していたわけです。そこでサーノ博士は、もしかすると患者が訴えている痛みの原因も、心の緊張にあるのではないかと考えました。緊張性筋炎症候群の「緊張性」は、実はこの心の緊張からとって名づけられたのです。

-まさかそんな。腰痛や坐骨神経痛が心身症だというんですか?

そうです。これは表5に示すように、すでに日本心身医学会でも認められていることです。「神経・筋肉系」「整形外科領域」という項目に注目してください。腰痛や神経痛に相当する病態があげられています。

-ずいぶんたくさんありますけど、たしかにTMSに該当しそうなものも出ていますね。

◆ですから、サーノ博士が心身症を疑ったのはごく自然なことで、不思議でも何でもありません。またこの表によって、生涯のある時点で約八割の人が腰痛を起こす事実をうまく説明できるはずです。わたしたちは多くのストレスの中で生きているわけですから、現れる場所や程度に違いはあるにしても、ほとんどの人が心身症を経験する可能性があるのです。

サーノ博士が心身症を疑うようになってからは、次々と新しい発見をするようになりました。まず、何気なく心理的要因を探りながら診察を続けていると、早く治る患者となかなか治らない患者を、ほぼ正確に予測できるようになったのです。予後をまったく予測できなかったころに比べると、これだけでもかなり飛躍的な進歩です。

それだけではありません。痛みの原因が心にあることを認めた患者は、それを否定した患者に比べると、より早く改善していることにも気づいたのです。この発見によってサーノ博士は、筋骨格系疾患に対するもっとも重要な治療的要素は、自分の身体に起きていることを、本人が正確に理解することだと確信するようになりました。そして、それを患者に理解させるための情報は、筋骨格系疾患の「特効薬」になり得るという結論にいたったのです。これがTMS理論のはじまりです。』

緊張性筋炎症候群|ニュースレターNO.201

前回のニュースレターで紹介しましたようにいよいよ今月からリ-コンディショニング講座が始まります。身体調整テクニックを習得したい方はぜひご参加ください。定員は10名です。

さて、前回は『痛み』について考えるために、ホームページを紹介しました。なぜ痛いのか、また怪我したあと、なかなか痛みが消えないなど、痛みに対する悩みは尽きないものです。ベッドに寝かせて動かしても痛くはないのに、また特に異常は見られないのに、動いたり時間がたつとまた痛みが出てくるといったことが多いようです。

こうなるとどうしようもなくなります。いわゆる、わけのわからない痛みは何なのか、そんなヒントが得られる本を紹介したいと思います。アメリカのドクタージョン・サーノが書いたもの(ヒーリング・バックペイン:春秋社2006)で、彼は痛みの正体が緊張性筋炎症候群にあるという結論に達したようです。

この緊張性筋炎症候群がからだのいろんな組織に痛みとなって出現するということです。前回の痛みのところにも書かれていたように、精神的な対応、すなわち脳に対する対応が必要なことが書かれています。難しい本ではないので、理解しやすいと思います。興味のある方、痛みに悩んでいる方は、ぜひ一度読まれることを御勧めします。またトレーナーにとっても、痛みの対応に役立つと思います。

今回は、その本から緊張性筋炎症候群の概要を紹介したいと思います。細かく書かれていますが、ポイントになるところだけ抽出しました。

『首や肩、腰、臀部に痛みを抱える患者は例外なく、痛みの原因は傷害、つまり、身体を動かしているときに負った「ケガ」だと信じている。「ランニング(バスケットボール、テニス、ボーリング)中にケガをしました」「娘を抱き上げたときに痛くなったのです」「立て付けの悪い窓を開けようとしまして」「10年前追突事故に遭って、それから頻繁に背中が……」

アメリカ人の頭には「痛み=ケガ」という等式がしっかりたたき込まれている。もちろん、身体を動かしている最中に痛みが始まれば、そのせいにしたくなるのも無理はない(後述するが、本当はそのせいでないことが多い)。しかし、背中や腰は痛めやすいと考えるのが当たり前になっているということは、アメリカの医学界が大失敗をやらかしたということに他ならない。

そのせいで、我が国には、ケガが悪化するのではないか、痛みが再発するのではないかという恐怖から、禁止事項だらけの生活を余儀なくされ、半ば身体障害者のように暮らす人間がひしめいている。よく耳にするではないか。「またケガをするのはいやですからね、何をやるにも慎重になりますよ」

こうした考え方は、よかれと思って従来の治療をつづけてきた医師やその他の治療者が、長い間に育て上げてきたものだ。首や肩、腰、臀部の痛みの原因は、脊椎とそれに関連した組織の損傷や異常、もしくは、そういった組織の周囲にある筋肉や靭帯の異常だと決めてかかった診断にある。しかし、この診断を引き出す根拠は、科学的に確認されてはいない。

一方、わたしはこの17年、まったく別の診断を下して、この疾患の治療に満足のいく成果を上げてきた。こうした痛みの大半は、心が緊張して筋肉や神経、腱、靭帯に変化が生じたために起きたものだとわたしは診断してきた。そして、この診断が正しいことは、わたしの治療法による治癒率の高さが証明している。わたしは、簡単で時間もかからない、綿密な治療法を用いた。

医師が脊椎にこだわるのは、基礎となる医学哲学と医学教育のせいだ。現代医学は、もともと物理学と構造学のほうを向いている。身体はきわめて精巧にできた機械と見なされ、病気は、感染や外傷、遺伝的欠損、老化、ガンなどによって生じた、その機械の故障と見なされる。加えて、医学は実験室が大好きで、実験室で証明できないものは何もかも無効と考えてきた。

実験室が医学の進歩に果たした役割(たとえば、ペニシリンやインシュリン)は万人の認めるところだが、不幸にして、実験室では研究しきれないこともある。そのいい例が、心とその器官である脳だ。心は、実験室に連れ込んで試験管で実験したり、数値を測定したりできないため、現代医学は無視を決め込み、健康や病気にはどうもあまり関係がないようだと信じることにしてしまった。

こうして、臨床医の多くが、身体そのものに原因のある病気を心が悪化させることはあっても、心が身体の異常を引き起こす「原因」として重要な役割を担っているとは考えないようになった。たいていの医師は、心に関係した問題に直面すると落ち着かなくなる。心に関するものと身体に関するものとを明確に区別し、後者を扱うときだけ気楽にしていられるのだ。

十二指腸の消化性潰瘍がそのいい例だ。反論もあろうが、臨床医の問では、この潰瘍は主に「緊張」が原因で生じるということになっている。にもかかわらず、治療では「心理学」ではなく「医薬」に焦点を合わせ、胃酸を中和したりその分泌を押さえる薬が処方される。疾患の第一原因を治療しないのでは、医学の名が泣く。

それは対症療法にすぎないと、医学校で注意を受けたではないか。しかし、たいていの医師が自分の仕事は身体を治療することだと考えているため、心のほうは、たとえ根本的な原因であってもなおざりにされる。公正を期していうと、確かに中には「緊張」にも触れようとする医師もいる。しかし、多くは「もっと気楽に構えて。働きすぎですよ」といった具合に軽く触れるだけだ。

痛みというのはまさしく身体の症状なので、医師としても心に原因があるのではないかとはなかなか考えられず、結局身体の構造に偏った説明をすることになる。しかし、医師のそういう行為こそが、現在この国に蔓延している痛みを生み出してきたのだ。

首や肩、腰、臀部に生じる痛みの原因が身体の構造異常でないなら、何が原因なのだろう?長年の研究と臨床医としての経験から、このありふれた痛みの原因は、ある特定の筋肉や神経、腱、靭帯に生じた生理的変化、すなわち緊張性筋炎症候群(TMS)ではないかと思うようになった。これは、身体には無害だが、強い痛みを伴うことのある、あるありふれた心理状態から生じる疾患だ。』

『TMS(緊張性筋炎症候群)にもっとも関係の深い組織は筋肉だ。TMS「緊張性筋炎症候群」の「筋炎」はここからきている。TMSに冒されやすい唯一の筋肉は、首の後側(うなじ)や背中全体、臀部の筋肉で、これらはひとまとめにして「姿勢筋」と呼ばれている。頭と胴体を正しい姿勢に保ち、腕の動作を助ける働きがあるところからこの名前がついた。

姿勢筋は四肢の筋肉に比べると、「収縮速度」の遅い筋線維がはるかに多く含まれていて、姿勢を保つというような耐久運動に向くようにできている。この筋肉の性質が、TMSに冒されやすい原因なのかどうかはわからない。

が、その可能性はある。重要な仕事をする筋肉ほど冒されやすいからだ。他にも、解剖学用語で臀筋と呼ばれている臀部の筋肉が同じ境遇にある。臀筋は、脚の上に乗せた胴体をまっすぐに保ち、前後左右に倒れないようにする筋肉だ。統計から、腰から臀部にかけての部位にTMSがもっとも発症しやすいことがわかっている。

臀部のすぐ上の腰の筋肉(腰のくびれ部分の筋肉)も、臀筋が発症すると同時に発症することが多い。もちろん、別々に発症する場合もあるが、いずれにせよ、TMS患者のおよそ三分の二がこの部位に主訴としての痛みを感じている。

二番目にTMSを発症しやすいのは、首と肩の筋肉だ。痛みは普通、首の側面や肩の最上部にある上部僧帽筋に発生する。

背中なら、肩から腰にかけてのどの部位にもTMSは発生しうるが、上記の部位と比べると頻度は低くなる。

患者はたいてい上記の部位のどれかに、たとえば「左のおしりが」「右肩が」という具合に痛みを訴える。しかし、理学検査をしてみると、大変興味深い重要な事実が明らかになる。TMS患者はほとんど例外なく、背中にある三カ所の筋肉で、触診による圧痛が発見されるということだ。両臀部の外側(ときには臀部全体)、腰のくびれ部分の筋肉、上部僧帽筋(肩上部)の三カ所である。

どの患者からも同じ結果が得られるという点が重要だ。TMSの痛みは、脊椎の構造的疾患や筋力低下によって起こるのではなく、脳に端を発しているという仮説の裏づけになるからである。』

『筋肉の次にTMSと関係の深い組織は神経、特に末梢神経である。もっとも影響を受けやすいのはやはり、もっともTMSを発症しやすい組織である筋肉に近い組織だ。

左右の臀筋の深い位置にある坐骨神経、腰椎周辺の筋肉の下にある腰神経、上部僧帽筋の下にある頸神経と腕神経叢が、もっともTMSを発症しやすい。

実際には、TMSは筋肉や神経という組織単位で発症するというより、筋肉も神経も含めた「ある領域」

に起こるというほうが正しい。TMSに冒されると、その部位全体が酸素欠乏となるため、筋肉と神経双方に痛みを感じることになる。

筋肉や神経がTMSに冒されると、さまざまな種類の痛みが生じる。鋭い痛みのこともあれば、うずくような痛み、焼けつくような痛み、ビリッとくるような痛みのこともある。圧迫感として感じることもある。神経が絡む場合は痛みだけでなく、チクチクする感じがあったり、ピリピリとしびれていたかと思うと、感覚がなくなることもある。ときには腕や脚に力が入らないように感じることもある。

この筋力低下は筋電図(EMG)で客観的に証明できる。EMGの異常は、構造的な圧迫によって神経が損傷している証拠とみなされることが多いが、TMSではきわめてありふれた現象だ。たいていの場合、構造異常で説明できるよりはるかに多くの神経が冒されている。』

『TMSについて述べた最初の本を出版してから、わたしはさまざまな腱痛(腱や靭帯の痛み)もひょっとしたらTMS(緊張性筋炎症候群)の仲間ではないかと思うようになっていった。その何年も前に、前段で述べたとおり、TMSには神経も絡んでいるということが確実になると、「筋炎」という用語は現状にそぐわなくなりはじめた。そして次に、もうひとつ別の組織も絡んでいるのではないかと思いはじめ、時が経つにつれてこの思いはますます強まっていった。

最初にわたしの注意を引いたのは、治療を終えた患者たちからの報告だ。背腰痛が消えると同時に腱の痛み(テニス肘など)も消えてしまったという。テニス肘は、腱炎と呼ばれる疾患の中でも、特にありふれた疾患だということは誰でも知っている。使いすぎが原因で腱が炎症を起こし、痛みが生じているというのがごく一般的な見方だ。治療には消炎剤が用いられ、運動は厳しく制限される。

腱が痛むのはTMSの一症状かもしれないと気づいてから、患者には、背腰痛と同じように考えれば腱炎も消えるかもしれないとアドバイスしてきた。そしてその結果に勇気づけられたわたしは、今では腱痛の多くはまぎれもないTMSで、患者によっては腱痛が主訴になっていると考えている。

腱痛のもっとも生じやすい部位は、肘ではないことが明らかになってきた。わたしの臨床経験からいうと、いちばん多いのは膝である。膝の痛みに下される診断で多いのは、変形性膝関節症や不安定性膝蓋骨、あるいは外傷だ。しかし、検査では膝関節周囲の腱や靭帯に過敏になっている部分のあることが明らかになるし、痛みも通常、背腰痛と同時に消えてしまう。

他にも足と足首に腱痛は生じやすい。厳密には、足の甲、足の裏、それにアキレス腱だ。足の場合は、神経腫(モートン病)、踵骨棘、足底筋膜炎、扁平足、過剰な運動による外傷といった診断が下される。』

『TMS(緊張性筋炎症候群)の生理的変化は脳から始まる。抑圧された不安や怒りなどの感情が脳内で作用しはじめると、自律神経系がある部分の筋肉や神経、腱、靭帯の血流量を減少させ、その結果、その部位の組織に痛みやその他の機能障害が起きる。

自律神経系は、全身の不随意機能をコントロールする脳のサブシステムである。心拍数、胃酸分泌量、呼吸数を決定するだけでなく、時々刻々働きつづける身体の生理が平常時にも緊急時にも最適に機能するように働いている。あらゆる動物に備わり、下等動物には特に重要な、いわゆる「闘争/逃走反応」も、この自律神経系がつかさどっている。

緊急事態に対応するには、全身の器官と組織がそれにふさわしい状態にならなくてはいけない。組織によっては、全身の機能をできるだけ効果的に使って危険に対処するため、機能を完全に停止してしまうものがある。普通、栄養吸収と排泄の機能はほとんど停止し、心拍数が急上昇して、闘争もしくは逃走にあまり関係のない組織から、筋肉などの重要組織へ大量の血液が流れるようになる。これを見ても、自律神経系の重要性は明らかである。

自律神経系は血液循環をただ制御するのではない。絶妙な正確さで制御する。前述したように、たいていはしかるべき理由があり、必要に応じて組織を選択し、その血流を増減させる。

しかし、TMSでは自律神経系が異常な活動をしているとわれわれは考えている。一般的な意味での有益な目的が見あたらないからだ。日常生活に必要とされる正常な生理機能に役立っているわけでもなければ、闘争もしくは逃走の準備をしているわけでもない。心の要求に応えてはいるのだが、痛みや不快な症状を伴うために異常事態だと考えるのである。』

『TMSでは、自律神経系が抑圧された不安や怒りなどの感情に反応し、ある部位の筋肉や神経、腱、靭帯を選択して、その血流量を減少させているとわれわれは仮定している。このように、組織への血流量が標準以下になった状態を虚血という。これは、その組織に供給される酸素量が不足することを意味し、こうなると痛みやしびれ感、麻痺、筋力低下という症状が出る。

こうした症状が出るのは、どのような生理機能においても酸素が重要な役割を担っているからだ。ある組織の酸素量が正常レベル以下になると、その事実を知らせる反応が起きると考えられる。

わかりにくいのは、本来、周囲の環境に関わりなく身体の機能を最適な状態に制御しようとする自律神経系が、なぜ痛みやその他の不快な症状を引き起こす反応をするのかという点だ。これは明らかに異常きわまりない現象だが、そういう反応をするからには何か差し迫った理由がありそうだ。

これは、これまで述べてきたように、心が抑圧しつづけようとする非常に不快で苦痛に満ちた感情から、本人の注意をそらさんがための現象なのだ。心の痛みより身体の痛みのほうがましだと、心が決め込んでいるようにも思われる。そう考えれば、この現象もそれほど非論理的ではない。』

『なぜ酸素欠乏が痛みの原因だといえるのか? まず緊張や不安に対する身体の反応の多くが、自律神経系の異常反応の結果だという点が挙げられる。よく知られているのは胃十二指腸潰瘍だが(かつては潰瘍の治療と称して、胃を支配する自律神経を切断する手術が一般的に行なわれていた)、その他にも痙攣性大腸、緊張性頭痛、片頭痛など、多数の疾患がある。したがって、TMSで見られる生理機能の異常も自律神経系に端を発すると考えるのが論理的だろう。

自律神経系がTMSに関わっているとすれば、筋肉や神経に症状を発生させるには循環系を使うのがもっとも効率的だ。こうした組織に血液を供給する細い血管(細動脈)がほんの少し収縮するだけでも、その組織に届く血流量が減少し、軽度の酸素欠乏が起きて痛みが生じる。

臨床現場をのぞけば、TMSにおける生理的変化が酸素欠乏によるものであるという一連の証拠が手に入る。ジアテルミーや超音波を使う筋肉に対する温熱療法が、一時的に背腰痛を和らげることは以前から認められている。筋肉の深部マッサージも運動療法も同様だ。この三つの理学療法は、筋肉内の血流量を増加させることが知られている。血流量が増加すれば、酸素量も増えることになり、それで痛みが和らぐなら、酸素欠乏が痛みの原因だと仮定するのは論理的である。

中略

TMSの病因という観点からこれを考えると、線維筋痛(線維組織炎、筋線維炎、筋筋膜炎、筋筋膜痛とも呼ばれる)は、これまで長年・王張してきたとおり、TMSの同義語といえる。わたしは線維筋痛と診断された大勢の患者を診てきたが、その病歴と理学検査所見は、重症のTMS患者のものと一致する。わたしの診断が正しかったことは、これらの患者が完全に回復したことで証明できる。

したがって、次のように主張できると考えている。線維筋痛患者の筋肉に軽い酸素欠乏が発見されたことで、TMSの痛みの原因も同じく酸素欠乏であるという仮説を裏づけられる、と。

すでに述べたように、TMSの現れ方は質的にも量的にも実にさまざまであり、線維筋痛と呼ばれる疾患がTMSの一つであるのは明らかだ。線維筋痛患者はとりわけ重症の部類に入る。多くの筋肉に痛みが発生するうえ、全身の倦怠感や不眠、不安、抑うつ状態に苦しむ。症状はどれを取っても、抑圧された感情主として怒りがかなり大きなものであることの証拠になるし、その大きさゆえに症状がさらに悪化するということの証拠にもなる。』