2008年 7月 の投稿一覧

人間機械論批判|ニュースレターNO.196

先般、知人から日経サイエンスの記事が送られてきました。それは“「失われた身体」を取り戻す”というタイトルで、認知運動療法についての対談でした。認知運動療法という言葉は、聴いたことのあるようなないような言葉で、内容を読むと非常に興味を持ちました。簡単に言えば、からだを動かすのは、筋肉ではなくて、脳であるということです。

基本的にはわかっていることなのですが、実際には、脳のことを忘れ、手、腕、足の筋肉に意識がいってしまっています。四肢が動かせなくなると、動かない・動きにくい関節を動かそうとします。例えば、肘が曲がりにくければ、他動的に・強制的に肘を曲げようとします。それが一般的なリハであり、運動療法なのです。しかし、肘を動かすのは上腕二頭筋でもなければ三頭筋でもなく、脳の命令が必要だということです。

ということは、頭の中で、脳を活性化すれば実際に動かさなくても動くようになったり、大きな力が出せたり、スムーズに動かしたりすることができるようになるのではないかということです。順番からいえば、そうなるはずです。脳からの指令がなければ、動くはずはないのです。こんなことを我々は忘れてしまっていたようで、外面的な動きにこだわっていたように思います。

そんな興味を抱いたので、早々に宮本省三著「脳のなかの身体(講談社2008)」を購入し、読んでみました。やはり興味深い内容でした。リハビリテーションだけでなく、トレーニングや動作の指導に応用できることがわかりました。正に、「脳を考える」時代になってきたのでしょうか。

内面の脳に目を向けることによって、これまで何らかの壁にぶち当たっていたものが突破できる可能性が開けてきたように思います。もう一度、我々の体を動かすのは、「筋肉」ではなく、「脳」であるということを再認識しましょう。「頭は使いよう」といわれるように、「脳をどのように使うか」ということでしょう。ますます「脳」に興味がわいてきました。

今回は、上述の著書の中から、現状のリハビリテーションに提言しているところを紹介したいと思います。

『二十一世紀を生きるセラピストは、現在のリハビリテーション治療(理学療法や作業療法における運動療法)では、脳機能の回復や運動麻痺の回復が十分に達成できないことを認めるべきである。その治療効果は残存部位の機能代償によるものがほとんどであり、日常生活動作能力の向上や社会復帰がはかれる症例はあるものの、脳損傷後の高次脳機能障害(失行、失認、失語)や運動麻痺の回復という点では無力に等しいのが現実である。

また、中枢神経疾患のみならず、整形外科的疾患におけるリハビリテーション治療の現実も同様である。運動器損傷(骨・関節・靱帯・筋などの損傷)への治療も伝統的な運動療法に終始している。

その臨床は停滞しており、スポーツ選手への治療で注目を浴びたり、新しい整形外科的手術の導入と効果が語られたりすることによって、一見、進歩したように見えるものの、実は理論も治療手技も何十年も変わっていない。そこには、運動器損傷後の回復にも脳の学習メカニズムが関与するという考え方がまったく存在していない。

こうした現実を乗り越えてゆくためには、セラピストが人間の身体をどのように捉えて治療しているのか、その思考の立脚点を厳しく問う必要がある。

ここでは、運動療法の背後に潜む身体思想を厳しく批判する。それはリハビリテーション治療の歴史に強い痛みを与えるものかもしれない。だが、この痛みを避けて運動療法が進歩することはない。患者は運動麻痺の回復を期待してリハビリテーション訓練室にやってくる。毎日、運動療法に励む。しかし、その努力は運動麻痺の回復という点では報われないことが圧倒的に多い。この厳しい現実に対して停滞は許されないはずだ。

すべての科学がそうであるように、運動療法の進歩もまた問題提起から始まる。問題提起のあり方が、臨床の「質」を決めてゆくのである。人間機械論に支配された伝統的な運動療法は早急に刷新すべきである。

そのための命題(テーゼ)は、「身体を死んだ肉塊におとしめてはならない」、「身体をもの言わぬ物体として扱ってはならない」、「身体を自動的に動く解剖標本として理解してはならない」、「身体を刺激に反応する物体と解釈してはならない」の四つである。』

『一昔前、運動麻痺に対してマッサージが施されていたのは歴史的事実である。だから、リハビリテーション治療といえば「マッサージ」のことだと解釈する人々が大勢いた。今でも世間の人々の一部はそのように解釈している。その世間の印象から脱却するために、どれだけセラピストが医学的な知見を取り入れ、運動麻痺を治療しようと努力を続けてきたかを、ここで詳しく述べることはできない。しかし、リハビリテーション医学の進歩により、その運動麻痺に対する治療が、マッサージから運動療法へ変わった。

これによって、脳卒中片麻痺患者の手足に痙性麻痺があり、異常な筋緊張によって筋が固くなっている場合、マッサージによってその固くなった筋を柔らかくすれば痙性麻痺がりようが回復するのではないかと仮定する素朴な思考は凌駕されたのである。
これは健常な身体の疲れを癒すマッサージを否定しているのではない。動かない麻痺肢をいくらマッサージしても、手足が動きだすわけではないことを指摘しているのである「身体を死んだ肉塊におとしめてはならない」という命題はこれを指している。』

『「そうした麻痺肢へのマッサージにとってかわったのが、関節可動域訓練や筋の伸張訓練(ストレッチ)である。

痙性麻痺によって関節拘縮(関節が固まって動かなくなること)や筋短縮(筋肉が短くなって関節可動範囲が制限されること)が生じる。これを予防、改善するためのセラピストによる他動的な関節可動域訓練や筋の伸張訓練が正当化された。今でも大多数の脳卒中片麻痺患者はリハビリテーション訓練室でこの治療を受けている。

だが、いくら関節を動かしても、筋をストレッチしても、運動麻痺が回復するわけではない。特に脳卒中片麻痺に出現する筋の痙性は神経生理学的には脊髄レベルにおける伸張反射の充進状態であり、痙性は筋伸張の速度に比例して充進する。

他動的な関節可動域訓練は拘縮予防として絶対的に正当化されているが、この筋への物理的な伸張刺激によって逆に痙性を高めている可能性がきわめて高い。だとすれば、セラピストは、一方で関節拘縮を予防し、一方で関節拘縮の原因となる異常な筋緊張を生み出していることになる。

動かない麻痺肢にいくら関節可動域訓練や筋の伸張訓練をしても、手足が動きだすわけではないし、伸張反射が制御できるようになるわけでもない。だからこそ「身体をもの言わぬ物体として扱ってはならない」のである。』

『運動療法には筋力トレーニングと呼ばれるものがある。脳卒中片麻痺は筋緊張の質的な異常は生じるが、筋力低下という量的な異常が生じるわけではない。しかし、それにもかかわらず、筋力トレーニングを脳卒中片麻痺に適応するセラピストがいる。

その代表例として、近年、厚生労働省(市町村)やリハビリテーション関連施設が信じられないほどの巨費を投じ、介護保険の対象者である高齢者(老人)や脳卒中片麻痺患者に対して、スポーツ・ジムのような機械器具を用いたパワー・リハビリテーションを導入している現状がある。これは何十年にもわたって科学性を追求してきた我が国のリハビリテーション医学の後退である。

高齢者の日常生活動作能力の低下を予防するという目的が間違っているのではない。その対策として筋力トレーニングを安易に推奨する、人間機械論的な科学観が間違っているのだ。日常生活動作は行為であり、行為する能力は筋力トレーニングでは生まれない。

単に筋力を強めても野球やサッカーは上手くならないように、正しい技能を修得したうえで筋力を鍛えるのでなければ意味がない。指導の順序が逆であることは、ピアノやギターを弾くという手指の行為が筋力を鍛えても生まれないことを考えればすぐにわかるはずだ。つまり、高齢者に転倒予防と称して下肢に錘を付け、椅子に座って大腿四頭筋の筋力を強化しても、立位バランスや歩行能力が向上するわけではないのである(図25)。

特に、脳卒中片麻痺患者の麻痺肢の関節運動に対して物理的な抵抗を加える筋力トレーニングは、過度な努力を要求するため痙性麻痺はさらに増悪する。この増悪は健側上下肢への筋力トレーニングによっても放散反応として必ず発生する。

その事実を認めるなら、脳卒中片麻痺の動かない麻痺肢が少し動くからといって筋力トレーニングをすべきではないし、それで運動麻痺が回復するわけではない。そのことを指摘しているのが、「身体を自動的に動く解剖標本として理解してはならない」である。』

『脳卒中片麻痺患者は、運動麻痺があっても身体を動かして移動しなければならない。そのために日常生活動作の自立に向けての運動療法が非常に重要視されている。

「起居移動動作」と呼ばれる寝返り、起き上がり、座位保持、座位バランス、四つ這い、膝立ち、椅子からの立ち上がり、立位保持、立位バランス、歩行(平行棒内歩行、一本杖歩行、階段昇降、屋外歩行)や、「身のまわり動作」と呼ばれる衣服の脱着(着替え)、食事動作(手の使用)、整容動作(洗顔や歯磨き)、トイレ動作(排尿・排便)、入浴などの練習である。

これらはその練習の必要性が患者自身にも家族にもわかるため、そして日常生活動作の自立度や介護度が社会復帰のバロメーター(指標)となるため、リハビリテーション治療で最優先されている。だが、ここには思考の大きな落とし穴がある。つまり、こうした日常生活動作訓練は運動麻痺に対する治療ではなく、「利き手交換の練習」に代表されるように、主に残された健側の手足を使っての練習なのである。

上肢の運動麻痺があれば手の道具使用を練習することはできないし、下肢の重度な運動麻痺があれば立位や歩行を練習できない。こうした日常生活動作訓練によって、麻痺した手の回復や正常歩行が獲得されるわけではないのである。

たしかに、そこには日常生活動作を自立させようとする目的がある。しかし、それは運動麻痺の回復を目的とはしていない。運動麻痺の回復には限界があり、それをあきらめたうえで、家庭復帰や社会復帰をさせようとするリハビリテーション治療なのである。

したがって、これは早期の家庭復帰や社会復帰を目的とした代償的なアプローチであり、こうした日常生活動作訓練によって麻痺肢の手足が動きだすわけではない。

また、手足の随意運動を誘発しようとする各種のファシリテーション・テクニックは、セラピストの外部刺激による感覚入力によって反射的・反応的な筋収縮を誘発しようとしているにすぎない。

こうした徒手操作を介した感覚刺激によって姿勢制御反応を向上させようとするファシリテーション・テクニックによって随意運動が回復するわけでもない。さらに、痙性筋に対して困難な動作を強要したり過度な体重負荷を加えたりすると、筋緊張がさらに充進し、痙性麻痺が増悪してしまう。反射を制御する脳の認知過程を無視し、感覚刺激-脊髄-運動反応の神経回路をいくら活性化させても、運動学習は生じない。つまり、「身体を刺激に反応する物体と解釈してはならない」のである。』

『理学療法や作業療法におけるこうした伝統的な運動療法(マッサージ、関節可動域訓練、筋の伸張訓練、筋力トンーニング、日常生活動作訓練、ファシリテーション・テクニックなど)を、人間機械論的なリハビリテーション治療だと批判することに多くのリハビリテーション医やセラピストは強く反論するだろう。

それらは歴史的な産物であり、学校教育で教えられ、国家試験にも出題され、学会でも認められ、毎日の臨床で繰り広げられている治療であるから、不謹慎な暴言を取り消せと言われるかもしれない。しかし、自らを育ててくれた学問と決別するかのように、その伝統的な運動療法にある種の愛情と惜別の念を感じつつ、勇気をもって断言すれば、そこに決定的かつ本質的な問題が秘められている。

現状の運動療法では運動麻痺を回復させることはできないという現実に直面すると、多くのリハビリテーション医やセラピストは、運動麻痺の回復は脳損傷が重度で限界があると判断し、健常な身体部位の残存能力を使って日常生活動作を指導することに満足してしまい、自らの人間機械論に準拠した伝統的な運動療法の限界を乗り越えようとはしない。

だから、彼らがいくらリハビリテーション思想を強調し、リハビリテーション治療の科学性を主張し、在宅リハビリテーションを展開し、さらに介護保険など社会福祉制度との連携を提言しようとも、患者の身体を人間機械論的に解釈しているかぎり、そこから生み出されるリハビリテーション治療を信頼するわけにはいかない。

現在のリハビリテーション治療は身体を物理的(生体力学的)に捉えており、その治療は脳のなかの身体の回復を目指していないという致命的な欠陥がある。あらゆる回復は脳の学習であり、脳に働きかけない治療は運動麻痺を回復させることはできない。また、代償による限界を超えた、人間の行為する能力を再獲得させることはできない。

人間機械論にもとづく運動療法とは、身体を物体とみなし、患者の脳に思考を要求しない、セラピストにおまかせの治療のことだ。人間機械論は解剖学、運動学、神経学といった基礎医学的な知識によって強固に正当化され、理学療法や作業療法の世界を構築し、豊かなリハビリテーション医療を築いてきたかのように見えるが、それは幻想であり、それに満足していたのでは患者の運動機能回復はなく、リハビリテーションの未来もない。

人間機械論から脱却し、伝統的な運動療法と決別すべきである。そして、ペルフェッティが提言しているように「運動機能回復を病的状態からの学習過程とみなし、学習過程が脳の認知過程の発達にもとついているのであれば、運動療法もまた認知過程の発達にもとついていなければならない」と考えるべきである。』

陸上日本選手権|ニュースレターNO.195

前回のニュースレターで、「4年に一度のタイミングで、ピタリと選考会に合わせてこられるだけのピリオダイゼーションを実践できた選手が何人いるのかも楽しみです」と書きましたが、やはり明暗が分かれたようです。今年怪我で走れていない為末選手は、大方の予想を裏切り、見事優勝し、北京オリンピックの出場権を手にしました。

ただ、情けなかったのは、楽勝を予想された成迫選手が自滅して負けてしまった感が強かったことです。前半は、次々とハプニング的に力を発揮しきれなかった選手が続出しました。北京の切符を手にする予選会で、いつもの力が出せなかった選手が多くいた事は、本当にさびしい思いがしましたし、どのようにこの大会までに計画を運んできたのか、情けなかったですね。

結果を出せなかった選手には、各々いろんな状況があったのだと思いますが、それは世界を目指す選手ではないといえるかもしれません。不振だった選手を追ってみました。
まず、女子棒高跳びの選手ですが、4m30(北京五輪の参加標準記録B=以下、B標準)を突破していたにもかかわらず、2名の選手が最初の試技の高さ、4m10を失敗し、その高さを跳んだ選手が優勝しました。スポーツナビ 2008年6月26日には、次のように書かれていた。

『大会前には、日本記録(4m36)保持者の錦織育子(出雲市陸協)、前回大会で大会タイ記録(4m30)をマークして2007年世界選手権に出場した近藤高代(長谷川体育施設)、そして前々回でこの大会を優勝している中野真実(今治造船)のB標準突破者による三つ巴戦が予想されていたものの、今季に入って自己記録を二度塗り替えるなど好調ぶりを見せていたダークホースが優勝をさらう形となった。

錦織と近藤はともに4m10から試技を始めたものの、ともに記録なし。近藤はレース後、左足の臀部(でんぶ)から太ももにかけて痛みがあったことを明かし「イチかバチかで勝負したが、1本目の試技で痛みが出てしまった」と、悔し涙を流した。中野は4mを一発でクリアした後、4m5、4m10をパスして4m15に挑戦したが、3本連続で失敗に終わった。』

先に書いた為末選手については、次のような記事がありました。

『3月にふくらはぎを負傷し、その後もけがで満足な練習が積めていない為末と、5月の国際グランプリ大阪で49秒00、北京五輪プレ大会で48秒87を出して優勝し、勢いに乗る成迫の対決に注目が集まった。 26日の予選では、為末は50秒87で、予選通過者の中で最も遅いタイム。

レース後には、「(けがの影響で)練習ができていないので1本いくとつらい。前半にいくと最後が力尽きる不安がある」と神妙な面持ち。一方、予選をトップで通過した成迫は「完成形は北京で」と余裕の表情。しかし、為末の話になると、「勝負に徹する。去年はラストで負けているので、今年こそという思い」と、打倒・為末に向ける強い思いを語っていた。 19時25分、為末が1番目、成迫は2番目でレーンに入り、入念にスタート台をチェック。

成迫が練習で、スタートから2台目のハードルまでを飛んだのに対し、為末は1台目までしか飛ばなかった。 選手は着替えのためにテントに戻る。成迫はじっと座って集中を高め、為末は体をほぐしながらスタートの時を待つ。 17時32分にスタート位置に付くと、成迫はここでも下を向いて目をつぶって集中していた。

「位置について ヨーイ、パン!」 前半を抑えていくと言っていた為末がスタートから飛ばす。「レース前に自分を抑えられず、かっ飛ばしてしまった」(為末)

「試合でこんなに体が動かないのは初めて。スピードに乗れず、ずるずるいってしまった」という成迫だったが、必死に追いすがり、最後のハードルでは両者が並びかける。しかし、最後の直線で為末が脅威のスパートで成迫を引き離してゴールイン。 「走っていて(成迫君が)まだ見えない、まだ見えないと思って、最後少し横目で見えたんですけど、ラストはあり得ない力が出ました」(為末)

「成迫君に負けるかも、五輪を逃すかもとという2重の苦しさで夢にまで見ました。スタートしてからゴールするまで彼のことを考えていました」という為末が、不調を乗り越え、7度目の日本選手権優勝、そして3度目の五輪出場を決めた。 一方の敗れた成迫はレース後もトラックに座り顔を覆っていた。 「勝ち負けを意識していたので情けない。

納得できないというか、整理できない結果」 レース後、両手を上げてガッツポーズを繰り返す為末と、うつろな表情でトラックを後にする成迫。勝負の明暗がくっきり分かれた瞬間だった。』

次に末績選手は、予選の走りを見て、優勝は問題ないだろうと思われたのですが、決勝では、130m辺りで完全にエンストし、3位になってしまいました。100mを捨て、200m1本しか走っていなかったのに、何が起こったのかわかりません。スポーツ報知に、次のように書かれていました。

『男子二百メートルの決勝で、日本短距離界のエース・末続が、21秒16の3位に終わるまさかの結末。「スカッとやられた。悔しい」と歯ぎしり。序盤は快調に飛ばすも残り70メートルで急失速。前日の予選での今季ベスト、20秒67にも届かなかった。

体調管理面で苦戦が続く。昨夏の世界陸上では原因不明の全身けいれんに襲われ、初の2次予選敗退。今季は二百メートル一本に絞り、試合数を減らし初戦も5月のプレ五輪にずらして調整。

コーチの高野進・日本陸連強化委員長は「敗因は疲労の抜きが足りなかった」と説明し、練習方法の見直しを示唆した。五輪代表入りをめぐっては、3位に終わったものの派遣標準記録Aを突破しているため、選考対象になる可能性がある。「最後まで絶対にあきらめない」と末続。3大会連続の五輪出場となるか。』

そして、昨年の日本選手権からおかしくなった女子走り幅跳びの池田選手も、予選を2回ファールし、決勝に残ったものの、ジャンプにならず3位になりました。気になったのは、いつも一緒にいる福島大学の監督・コーチが見当たらなかったことです。見たことのない人にアドバイスを受けていたように見えたのですが、何かあったのでしょうかね。彼女のことについては、静岡スポーツに次のように書かれていました。

『池田のしなやかな跳躍は、この日も戻ってこなかった。試合では1度も試したことがなかった新しい助走を取り入れたのが裏目に出た。 5月のプレ五輪までは、最初の一歩から全力で突っ込んでいく助走スタイルだったが、終盤までスピードを保てず、失速した状態で踏み切るケースが多くなる欠点があった。

この日は、リラックスした状態で入り、残り15メートルで一気に加速する方法に切り替えたという。 ただ、大会前の練習では手応えをつかんだはずだったが、試合で使うには早過ぎた。1、2回目の連続ファウルがそれを象徴していた。途中で何度も修正を試みたが、持ち味の滑らかな跳躍につながらない。

「新しい助走を定着させられなかった。試技練習中に、足の裏がつったことも気になっていた」。敗因は自分の中ではっきりしていた。 2年前のアジア大会を制して以降、不調が続いていた。昨夏の大阪世界選手権ではまさかの予選落ち。今季に入っても、平凡な記録が並んだ。日本記録6メートル86をたたき出した時の鋭い感覚を取り戻せずにいる。

最後の選考会となる7月6日の南部記念(北海道)に望みをつなぐ。「力を出し切って負けたなら泣いていたかもしれないが、今日は自分の初歩的なミスだった。(代表に)選ばれたらいいなという“お願い”の気持ちではない。最後にしっかりと結果を出して、自分の力で選ばれたい」。まだ、夢をあきらめてはいない。』

あと一人、男子走り高跳びの醍醐選手も、自己記録の2m33cmに遠く及ばぬ2m15cmで2位でし。雨ということもあったのですが、A標準の2m24cmも遠かったようです。

今回の日本選手権は、好天には恵まれなかったのですが、さすがという選手は、やはり室伏選手でした。今シーズン最初の試合で80m98cmを投げました。観ていて、予定通り進んでいるという雰囲気を感じ取れました。目標に向かって地道な積み重ねが大切ですね。

不調というか、結果を出せなかった選手のうち、成迫選手と末績選手は、北京の代表には選ばれました。しかし、池田選手や醍醐選手は、1週間後の南部記念の大会で追試選考されることになりました。なぜ追試があるのか理解できませんが、本番であれば予選落ちなのに、もう一度予選をやってくれということだと思うのですが、日本の代表選考がよくわからないのがここです。

目標の大会にピークをもってこれない選手が、1週間遅れで結果を残して、それでオリンピックの本番で力が発揮できるのでしょうか。当然無理です。1週間のピークの違いは、許されないのが、選考会であり、それができて初めてオリンピックでも期待できると思うのですが。

昨年の世界陸上を思い出しました。男女の全種目にエントリーしたのですが、ほとんどの選手が、無残な結果で敗退しており、健闘したり、善戦したり、自己ベストを出した選手もいなかったように思います。ピークをどこにもってこなくてはいけないのか、ピークはどれほど続くのか、そんなことが理解できていない結果であったと思いまう。

さて、1週間後、五輪代表最終選考会を兼ねた南部忠平記念大会というより、追試が7月6日に行われました。その結果は、時事通信に次のように書かれていました。

『陸上の北京五輪代表最終選考会を兼ねた南部忠平記念大会は6日、北海道・函館市千代台公園陸上競技場で行われ、女子100メートルで日本選手権覇者の20歳、福島千里(北海道ハイテクAC)が11秒49で優勝した。同走り幅跳びは池田久美子(スズキ)が6メートル70の好記録、男子走り高跳びは醍醐直幸(富士通)が2メートル21でそれぞれ制した。

日本陸連は大会終了後、同五輪代表の残り4枠・4人を追加発表。福島は五輪参加標準記録Aに達していないが、昨季からの著しい成長ぶりなどが評価されて代表入り。女子100メートルでは1952年ヘルシンキ五輪に出場した吉川綾子以来、日本選手で56年ぶりとなった。既にA標準を突破済みの池田と醍醐は6月末の日本選手権で勝てなかったため、「追試」として五輪代表入りに再挑戦して優勝。ともに初めて代表に選ばれた。

男子400メートルは堀籠佳宏(富士通)が46秒25で優勝。同1600メートルリレーの要員として初の五輪代表に選出された。女子400メートルで丹野麻美(ナチュリル)が52秒94で優勝したが、A標準(51秒55)に届かず、代表入りは見送られた。 福島千里 本当にびっくりです。きょうのレースを終えた後は、また頑張ろうと思ったけど、こうなる(代表選出)とは考えもしなかった。

(女子100メートルで56年ぶりの五輪代表に)びっくりしているので…その辺りはよく分かりません。成長ぶりが評価された? わたしもそう思います。』
池田選手の記事に次のような物があった。

『5月の国際GP大阪大会後、学生時代から指導を受けてきた福島大・川本監督の元を離れた。「大人の選手になりたかった。自立したかった」。日本選手権では助走を18歩に変えて失敗したが、今大会は「不安のない助走を」と従来の20歩に戻した。かつての恩師にも相談せず、出した結果が成長の証だった。』

自立の意味はなんなのでしょうか、最後の段階でこのようなことが起こること事態大変な問題で、結果は出ないはずだし、出ても偶然のものといえるかもしれません。とても、長期目標に向かってやってきたと思えないし、計画性のなさが見て取れる気がします。

池田選手に限らず、このような状況で、オリンピックで期待できるのでしょうか。奇跡もいいですが、良いほうの当然の結果を期待したいものです。