2008年 1月 の投稿一覧

「なおす」について|ニュースレターNO.184

年が明けて、早くも4週間経ちました。特に今週は全国的に寒くなってきましたが、久々に寒さを実感しているところです。そんな中、今週末には、札幌でUHPCのクリニックを行います。昨年の12月に2年ぶりで行いましたが、引き続き開催できることを嬉しく思っています。

さて、今回のニュースレターでは、「おなす」ということについて考えてみました。スポーツトレーナーは、治療家ではないので、「なおす」ということばはいろんな意味を含むことから注意しなければいけません。私もこの道に入ったころ、ケガで悩んでいた選手を“なおして”あげていたのですが、医療の専門家からクレームを受けた事があります。それは、医療行為をしているが、医療の資格があるのかといったことでした。そんな事があり、私自身「治す」ということばを封印していました。

ところが、昨年、ふと「なおす」ということばがふたたび頭に浮かんで考えたところ、やはり「なおす」ということばが一番適切だということが分かり、いまでは怪我した人やパフォーマンスの向上に悩んでいる人を「なおしてあげる」と、堂々と言えるようになりました。

その経緯について、昨年まとめたものがありますので、紹介したいと思います。平成スポーツトレーナー専門学校で、「なおせる」スポーツトレーナーを養成するのが、私の努めであるということも再確認することができました。

『「なおす」ということばを使うのは、厳禁にしていた。それは医学的意味合いが強いことばだから医療従事者だけが使えることばだと理解していたからである。だから、「なおす」のではなく、元の状態に戻してあげる「アブノーマルな状態」を「ノーマルな状態」に戻してあげるという考え方できた。

そこで「身体調整」や「自然体に戻す」ということばを用いるようになった。しかし、先般なぜか急に「なおす」ということばが気になり、辞書で調べてみた。すると、当然だが、「治す」と「直す」がでてきた。

「治す」とは、病気やケガを治療して健康な状態にすること

「直す」とは、正常な状態にする、悪くなったものを良い状態に戻す、修理する・修繕する、誤りを訂正する・修正する、よくない状態を正す・矯正する、形のくずれなどを正す・整える・つくろうこと

「治す」は、英語で言うと、cure=病気を治す、heal=ケガを治す、傷を治す

「直す」は、英語で言うと、correct・reform=訂正・矯正、repair・mend=修理、change=変える

以前から「直す」「ものを修理して直す」は知っていたが、なぜ今頃気づいたのだろう。「治す」ということばが、今まで理解していた医療従事者に適用されることばであり、我々は「直す」ということばが適切であるということが分かった。

人を“治す”のではなく、人を“直す”のである。

“人を直す”スペシャリストを目指さなければならない。それが本来のスポーツトレーナーの役目なのだろう。上記の「直す」の意味が、「アブノーマルな状態」を「ノーマルな状態」・「自然体」へ戻すということそのものであることが分かる。これからは、「直す」ということを意識して使いたい。こうしてみると、「直す」ということは、医療行為ではなく、コンディションが崩れて、それを元のコンディションに戻すリ-コンディショニングにあることが分かる。

この前に読んだ本の中に、「しんしんともに健康」という時に、しんしんとは、心身か身心のどちらかというのがあった。要するに、心が先か、身が先か、ということである。昔は、身体が先で身心、現代は脳が身体を支配するということから心が先で心身、というような説明がされていた。健康になるためには、まず身体を鍛える必要があるというのが身心で、先に心を調整してから身体を鍛えるというのが心身ということである。

このことをトレーニングやリコ-ンディショニング、リハビリテーションに置き換えて考えてみると、心身を整えるということになり、まず心の・精神の状態を整えてから身体を鍛えることになる。まず脳を刺

激して働かせ、これからやることを理解させるということである。身体にいろんな動きを気づかせることから始まると思う。どのように動かしなさいといっても、身体はその動きを経験していなければ、理解していなければうまくできることはない。身体の内面から動きを感じさせ・気づかせれば、どう動いているか、身体そのものが理解するので、トレーニングの効率も上がるし、運動のテクニックも上達しやすいのではないだろうか。

肩や膝を痛めた場合にも、まず肩の関節や膝の関節の動き、すなわち骨の動きを感じ取らせることから始めれば、動かしやすくなる。外面ではなく、内面からということか。外面の動きを指導することから入らず、内面の動きを理解・気づかせることから入れば、きっと面白い結果が出るのではないだろうか。

動きのイメージを選手に語らせることが、本人の身体で感じ取って理解できているかどうか判断することができる。自分でことばにして説明できないというのは、まだ完全に自分の脳でも身体でも理解していないと考えられる。ここが指導テクニックや指導者の技量となるのだろうか。

走るときの脚の動きを、投げるときの上半身の動きをスローでやらせてみる。これがなかなかうまくできない。身体を動かす手順が理解できていないとゆっくりできない。いわゆるごまかしになる。どの部分から動かし始めるのか、その次はどこを動かすのか、というより、最初に動かすところが分かれば、後は自然についてくるはずである。

しかし、動きを理解できていないと力が入り、どこか一部の動きだけを強調してしまう。このような動きは、緊張したもので、決して楽にスムーズには動いていない。力が抜けておれば、いわゆるしなり動作のように身体の各パーツがそれぞれ順番に動くのである。そういう意味では、まずどこから動かすのか、それを理解させることになる。

その部分の力が抜けて、どのように動くのか気づくことができれば、後は力を抜いて自然に任せることだけである。何度も力を抜いて繰り返すと、徐々にしなり動作のように滑らかな動きになってくる。また、上半身と下半身に分かれているので、決して上半身だけがリラックスできて、下半身は硬い動きということはない。全身を使った動きが基本であり、やはり部分ではなく全身の動きも楽にスムーズに動くようにならなければならない。

上半身と下半身のバランスが取れない場合には、動きのスタートが上半身・下半身のどちらを先にするか、しているかによるのではないだろうか。

超スローモーションでやれるようになれば、そこまで神経を研ぎ澄ますというか、身体の隅々まで動きを理解できていることになる。これが、イメージトレーニングかもしれない。最初は意識して、神経を過敏にして自分の身体のパーツの動きを一つずつ感じ取る・気づいていく。

それぞれのパーツの動きが分かるようになれば、連続した・連結した動きはできるようになるので、そこでは最初の動き出しの動きだけやればよい。そうしないと、各パーツの動きを意識して連続した・連結した動きをやろうとすれば、意識が働いているので、当然動きは速くなり、緊張したものになる。意識する段階・ポイントがまずあって、次に動作全体のイメージがくる。

そこまで理解できるようになれば、後は無意識でその動作ができるようにしていくことになる。このとき必要になるのは、リズムだろう。リズムを取った動きの中で、無意識に動作を繰り返し、ポイントでのタイミングを、これも身体で覚える・気づく・理解することである。この後、リズムを持って何度もイメージを繰り返す。

それは、もっと強く、もっと速く、ということではなく、「もっと力を抜いて」ということだけになるだろう。力が抜ければ、自然にスピードが上がるからであり、何かを意識すれば、そこに制御がかかることを思い出すべきである。』

2008年 新年のことば|ニュースレターNO.183

新年を迎えましたが、今年の目標など定められたでしょうか。私自身は、昨年の後半が学生募集活動に追われたため、バタバタの日をすごすことになりました。本年も継続して、本物のスポーツトレーナーを目指したい方を探し続けて行きたいと思います。

現状でトレーナー活動をされていたり、目指している方もまだ本物のスポーツトレーナーとは何か、十分理解できていなかったり、自分の技量に悩んでいる方も多いと思います。けして、現状で満足できることはないはずです。常に進歩し続けるためには、いろんな考え方を知らなければいけません。これだけでOKというものはないはずです。ですから、私自身もいろんな考え方に出会えるように努力しています。

今年は、一年を通じてできるだけ出かけていき、いろんな方に出会いたいと思いますし、本物のスポーツトレーナーを目指している方にも出会いたいと思います。そんな方たちと一緒に勉強できたら嬉しいと思っています。

さて、先のニュースレターでお知らせしましたように、ようやくマトヴェーエフ氏が書かれたスポーツトレーニングの理論書の翻訳出版がカウントダウンの状況になりました。「ナップ」から出版される予定で、600頁をゆうに超える大著で、価格も7000円ほどになると聞いております。もちろん、会員の方には、割引価格で提供していただけるようになっています。トレーニング理論の考え方と実践方法については筆舌の著書といえます。ご期待ください。この出版が、今年の一番楽しみなことになります。

それで、先のニュースレターでは、訳者の佐藤氏のことばを紹介しましたが、今回は、監訳者の私のことばを紹介したいと思います。

『1998年3月、初めての訪ロで偶然にも奇跡的にマトヴェーエフ氏とお会いすることができた。本書はそのときにいただいたものである。その日、私の日誌には次のように書いてある。

『3月6日(金) 今日は私にとって歴史的な一日であった。地下鉄のチェルキソフスカヤ駅から徒歩で15分くらいのところにあるロシア体育アカデミーに出かけ、昨夜お会いした学長のクージン氏に面会した。学長室に定刻通り行くと、数人の秘書と、何人かの待ち人がいて、モスクワ体育アカデミーと極端に違う雰囲気であった。

それはアカデミーの大きさそのものにあるのかも知れない。巨大なロシア体育アカデミーを指揮する人物であることが伝わってきた。定刻から20分ぐらいたってから、学長と会うことができた。学長室は広く、全ての教科書が並べられていた。実際に話をするというより、何をしてほしいのか、こちらの要求を述べるだけで、後は学長が電話で秘書に指示するというスタイルであった。全て即決で判断を下していた。実に迅速ではあるが、権力者のイメージはねぐいされなかった。

面会は数分で終わったが、学長に会う前に、ロシア体育アカデミーにマトヴェーエフ氏がいると聞かされたので、是非お会いしたいと申し出て、マトヴェーエフ氏と会えることになった。マトヴェーエフ氏が授業中であることから、その間副学長のツェレミシノフ氏と大学のカリキュラムについて話を聞いたが、カリキュラムをまとめたものがないという。

またスポーツ用語辞典というか、トレーニング用語の辞書はないのかと尋ねたところ、あると言うことで見せていただいたが、新しいものはなく、1993年につくったものであった。それ以降は出ていないそうで、学生も手に入らないと言うが、ご自身のものを一冊いただいた。恐らくこれは、日本で誰も持っていないものであろう。貴重なのをいただいた-感謝。

この後マトヴェーエフ氏の研究室に行き、氏を待った。ここで会えるとは考えても見なかったことから、氏が現れた一瞬は、私にとって正に歴史的瞬間であった。一瞬、渡辺先生を思いだしたほど、渡辺先生と体格も雰囲気もよく似ておられた。72歳と思えない元気さで、握手して手のぬくもりを感じたときは感動で思わず涙が出そうになったほど、その微笑には感激した-出会い、感動。

本当にロシアにきた甲斐があった。これも大津先生のおかげである-感謝。マトヴェーエフ氏は、写真でも見たことがなく、活字でしか知らなかったトレーニング理論の大御所に会えたわけだが、自分なりに想像していた人物であった。私の感動が氏に伝わったのか、非常に好意的に対応していただいた。

研究室には、世界数カ国で翻訳出版された本が飾られていた。当然、日本でも出版された「ソビエトスポーツトレーニングの原理」もあった。2時間、97年に出版した本のことについて語っていただいた。それは「スポーツトレーニング理論」から「スポーツ一般理論」への変換で、「トレーニング」という名称を取った背景について語っていただいた。

知らぬ間に時間がたち、2時間が経過していた。こちらが時間を気にして、そろそろ失礼すると言うと、「いつ帰るのか」と聞かれ、「8日の夜帰ります」というと、「そんなに早く帰るのか」と言われた。できればもう一度お会いしたいと言ったところ、「いつでもOK」という返事をいただき、では「明日いっしょに食事でも」ということで、明日午前中に連絡することになった。

最後に、97年に出版された「スポーツ一般理論」と91年に出版された「体育の理論と方法論」、そしてこの2冊がベースとなり97年に出版された「スポーツの理論と方法」の3冊をいただいた。専門書は、印刷部数も少なく、91年のものはアカデミーのキオスクにもなかったので、マトヴェーエフ氏がお持ちのものをいただいた-感謝。

私の宝ができた。明日もう一度会えるとは信じられない。というのも、8日の日曜は国際婦人デーで女性をいたわり、女性を立てる祝日で、明日から3連休になり、国民的お祭りをする日になっていると聞いていたからである-感謝。』

ということで、最初は本書の「体育の理論と方法論」を翻訳したいと思って準備をしていたが、2001年6月に訪ロした際、これまでのまとめとして新しい本「スポーツ原論とその応用」を出したということで、急遽マトヴェーエフ氏の最新の著書を翻訳することに切り替えた。そして、「スポーツ競技学」と名を変えて2003年にナップから出版していただいた。そして同年9月にはマトヴェーエフ御夫妻を日本に招待し、大阪体育大学と日本体育学会でも特別講演をしていただいた。

ただ、「スポーツ競技学」は、翻訳も十分でなく、内容的にも難しかったようで、ロシアのスポーツトレーニング理論を理解するには適さなかったようである。そこで、マトヴェーエフ氏とも話をしてやはり1991年に出版した「体育の理論と方法論」がよいだろうということになり、特別に序章も加筆していただき、2004年から翻訳に取り掛かった。

今回の翻訳は、私が初めてロシアに行ったときから通訳ならびにマトヴェーエフ氏との連絡を取っていただいていたロシア在住でトルストイの研究をされている佐藤雄亮氏にお願いし、不明な箇所はマトヴェーエフ氏に直接伺っていただいた。佐藤氏には、実に細かなところまで原著のマトヴェーエフ氏の意図を確認しながら翻訳を進めていただいた。

このことと原著が531頁と膨大なために3年近くかかってしまった。この翻訳の完成をマトヴェーエフ氏も楽しみにしておられたが、残念ながら2006年7月21日、胸腺癌のためご自宅のソファーの上で急死された。したがって、本書がマトヴェーエフ氏の遺作になってしまった。

まことに急な発症と死去であったが、その大きな要因として本書の改訂版を2006年に出すために精根を使われた事があるようだ。また5月にマトヴェーエフ氏の指導教官だったアレクサンドル・ノヴィコフの生誕100年を記念した国際学会の準備にも精力を使われたことも一因のようである。私もその学会に招待されていたが、運悪く、その時期に私自身が心臓の手術をすることになり、入院するハメになった。

入院中には、マトヴェーエフ氏から「学問、研究は、マラソン・レースだ。まずなんといっても、健康と長生きが肝心だぞ!」と励ましのメッセージを頂いた。そして、手術が終わったときには、「学校の仕事がたまっているかもしれないが、とにかく、十二分に療養するように。いやあ、よかったなあ。

うーん、そうだったのか、安心した」というメッセージを頂いた。手術も無事に終わり、6月の初めに退院する直前にマトヴェーエフ氏の胸に腫瘍が見つかったとの連絡が入り、日本で検査・手術できないか、問い合わせがあった。

以後、ロシアでの診断書、検査結果、CT画像などの資料を知人のDrに専門医を数名紹介していただき、駆け廻ったが、最終結果は何れも見通しゼロであった。最終的な結論は7月になってしまったが、もっと早く日本に来てもらっていたら、何とかならなかったか、と悔やみきれない思いである。マトヴェーエフ氏は、「私は健康のプロでもあるから、120歳まで生きる」とおっしゃっていたのに残念で仕方がない。

こんな途中経過もあったが、翻訳の方は遅々と進み、ようやく2007年4月に終了した。それから何度も校正を重ね、疑問、不明な箇所があれば奥様のゼムフィーラさんにお聞きし、明確になるように努めた。また、改訂版の変更箇所もお聞きして、基本的な内容に変更のないことも確認した。

何度読み返しても素晴らしい内容であることが分かるし、ロシアのスポーツの強さにも納得がいく。ロシアには、スポーツ単独の理論はなく、スポーツは体育という広い領域の中の一分野であり、体育とスポーツが一体になっていることがよく分かる。したがって、体育理論の中にスポーツトレーニング理論があり、体育というものの考え方、そしてその実践方法がいかに大切かということが分かる。体育というものをもっと見直さなければいけないと痛感した。

一方では、健康を、また一方ではスポーツパフォーマンスを扱う、扱える指導者・教育者になる必要がある。生前、マトヴェーエフしによく言われた。「ヒロノブはもっと体育というものにも関心を持ち、追及してみなさい」と。

最後に、本書は「ロシア体育・スポーツトレーニング理論と方法論」というように、「スポーツトレーニング」という用語を付加した。それは、日本では体育だけにすると学校体育を想像するからである。本書は、まさに「スポーツトレーニングの理論と実践」の教科書としてすばらしいものであり、本物の指導者を目指す人たちのバイブルとなるであろう。