2007年 11月 の投稿一覧

アーカイブス野口三千三|ニュースレターNO.180

今年は、力を抜く、重力、感覚、気づき、ということにこだわり続けています。その原点は、野口体操です。それで、また以前読んだ野口氏の著書、アーカイブス野口体操(春秋社2004)を読み返しています。

そうすると、指導者として参考になるところが見つかりました。見て考えるということですが、見て何を考えるか、何を感じとるかということです。選手の動きを見て、その感じ方、とらえ方は人それぞれさまざまです。一目見て、その動きの良いところと欠点を見抜く力が必要です。

今回ご紹介するのは、上記の著書からの抜粋ですが、非常に興味深く、指導者として物事の考え方に大いに参考になると思います。上記の著書は、野口氏の姿と語りを唯一見られるDVDとの組み合わせになっています。そのDVDも見られると、頭をやわらかくすることができるかもしれません。

『あるとき、東京での競技会を見るために上京した先生は、そこで二人のオリンピック陸上選手の競技前の準備運動を見る機会があった。

一人は織田幹雄。三段跳びで、大正13年(1924年)、第八回パリ大会・6位、昭和3年(1928年)、アムステルダム大会は優勝という輝かしい記録をもつ。
いま一人は、織田と共に早稲田陸上の黄金時代を築いた南部忠平。南部は昭和7年(1932年)、第十回ロサンゼルス大会で同じく三段跳びで3位の記録をもつ。当時、東京高等師範陸上部と早稲田大学陸上部が陸上競技の世界を二分し、競いあっていたのだという。

忘れもしないその日、野口先生はあこがれの名選手の準備体操のやり方に頭を殴られるような大きなショックを受けた。

高等師範の選手たちが円陣を組み、皆そろって一・二・三・四とカチッとした準備体操をするのと対象的に、早稲田陸上の二人は、一人ひとり別々に思い思いの柔軟体操をしていたのだ。手をぶらぶらさせながら、また肩を揺すりながら、歩いたり、走ったり、横になったりしながら、明らかに力を抜く柔軟体操を中心にしていたのである。

「そのやり方はまったく予想外だった」

そのとき、18か19、20歳前だった。

「今でも自分の目の前で、柔軟体操をしている二人の姿がはっきり目に浮かびます。強烈な印象だったから。あの頃は、高等師範の学生にコーチを頼んでいて、高等師範にははっきりいって味方意識があったんです。そのやり方とまったく違うわけだから、『これはあー』って、感じ。見ているうちに『こっちが本当じゃないか』という思いがしてきたんです」

その頃からすでに力を抜く大切さを実感しておられたのだ。

「この衝撃は、野口体操の発想につながるひとつの大きなきっかけだ、とはっきり思うんです。当時は軍国主義的な傾向がますます強く濃くなってくる時期ですから、僕だっていかに強くなるかを考えていた。だが、とにかくオリンピックに優勝した二人の練習方法にびっくりし、鮮烈な印象を受けたことだけは間違いないんです」』

『昭和14年(1939年)5月16日に行われた「明治神宮体育大会」は、厚生省主催で、そのときから「明治神宮国民体育大会」と改称し、国防競技を採用した。

「どんな訓練をするとあそこまで上達するのか、この目で確かめたくて、土浦航空隊に出かけたことがあるんだ。そこで士官の人に小学校の子供たちの体育訓練の大事さを話された。僕は血気盛んな若者だったからね。自分には何ができるのか、真剣に考えたもんだ」

学校に戻った野口先生は、特に鉄棒の技術について集中的に研究した。

「その次に僕がやったことは、子供の手に合わせて鉄棒を細くしてもらうことだった。佐野というところは農村だったが、なかなか理解のある地域で、このときも桜井さんが尽力してくれたと思うよ。新しい細い鉄棒が用意されたら、今度は子供たちと]緒に鉄棒を磨くんですよ。心を込めて、丁寧に丁寧に。すると自然に鉄棒が友達になる。愛情が湧いてくる。鉄棒に頬ずりする子も現れる。それから鉄棒の練習に入るんだ。腰でぶら下がる感覚訓練をする」

先生はすでにそのときから、感覚を大事にされていたようである。

「そう。〈感覚こそ力〉という言い方こそしなかったが、感覚の重要性はしっかり捉えていたんだと思うよ」

早稲田の選手の準備運動といい、子供たちの鉄棒の話といい、すでに野口体操の基本はこの頃から先生のなかにしっかり芽生えていたのだ。

「そうね。もう一つ実践的にものを考え、鉄棒を上達させるにはどうしたらよいのか、自分で工夫していたんだ。〈方法が本質を決定する〉ということをその頃から大事にしていた。

いい方法を編み出すには、いい条件がいるわけだ。だから、まず子供の手の大きさに対して鉄棒の太さの改良を考えたんだ。次に鉄棒の握り方だが、親指をほかの四本の指に対向させてしっかり握ると、それがブレーキになってしまうということを想像してみた。だから、そのやり方で握らずに、他の四本の指と同じ向きに親指を向けることの大事さに気がついたんだ。

当時はそうした握り方は危ないという理由で禁止されていたんです。しかし、実際には危険はないし、ブレーキにならず、からだを落とさないですむ働きをするんです」

どんな運動でもそうだが、特に鉄棒は落ちたら怖いという意識が働く。

「そう。鉄棒でも逆立ちでも、怖さがあったらダメだね。しかし、ちょっと自分の体験を考えてみてほしい。怖いという感覚はホントはとても大事な感覚なんだ。そこで僕は理科の授業と一緒に体操の授業をやったわけです。てこの原理とか天秤の原理、振り子の原理とか。ものを使って、どうしたら回転が起きるのか、どこで落ちるのか、落ちないようにするにはどうしたらよいのか、等々。物理的実験をまずさせるんだ。

頭のいいのが不器用なはずはない、という考えがその頃からあってね。級長をしていた男子が、体操が不得意だった。でも僕はまずその子に理論を説明し、順を追ってやらせてみたんだ。

鉄棒に腰骨のところでぶら下がらせ、頭を下に向け、手を離させる。そこで、ゆらゆらとからだを揺すって、ゆれる感覚を覚えさせる。続いて、からだを水平にしてひざを曲げると回転が起こる。手で握るところは一カ所だけ。つまり、落ちるところは決まっているわけだから、そこだけちょっと握ればいい。楽に動きができる感じをつかまえれば、もうそれだけで子供は自信がついて、どんどんできるようになるんですよ」

逆上がりも足を上げる努力をさせるからいけない。頭が下がることが怖くなくなるように逆さになったときの感じをつかませる。

感覚訓練と力を余分に入れないことを徹底的に教えこむことだという。

「短い休み時間にも、学生服を着たまま子どもたちが鉄棒を楽しんでいたんだ」

一年の終わり頃には、ほとんどの子が大車輪までできるようになった。それだけではない。野口先生を先頭に、子供たちがその後について校庭の端から端まで逆立ち歩きやバク転をしたのだという。

「僕の指導法が有名になって、一年中参観者が絶えなかったんだよ。とうとう校長が僕の担任を比較的楽な四年生のクラスにしてくれた。

『君は他の学校の先生の指導に当たってくれ』ということで、県内の小学校を教えに回っていた。僕は先生を指導することより、子供たちを指導しているその授業を見てもらった。そのときに目を輝かせて授業を受ける子供たちに出会ったんだ」

子供にとって、楽に動けるのは楽しいことのはず。なんでもそうだが、授業のおもしろさは先生次第である。私も小学校時代に野口先生に出会っていれば、体操嫌いにはならなかったと思う。生きものにとって、動くことは生きることだし、動きが自由になったら気持ちいいはずである。

「あるとき、文部省の体育研究所の本間茂雄先生が参観にきたことがあってね」

野口先生の鉄棒の理論にえらく感心したのだという。

「体育の研究授業発表会をしたことをはっきり覚えている。とにかく文部省の指導要綱をまったく無視した僕のやり方を、みんなが認めてくれたんだから。お上が絶対の時代に、よくまあ、あれだけ自由にやらせてもらったものだと、今になって思うことがあるんだよ」

逆にいうと、戦時中で切迫していたからこそ、本質的に間違っていなければ、新しく考え、その発想を実技のなかで進めることに価値を認めてくれたのではないだろうか。

「そうだろうね。とにかく僕の担任したクラスでは、一人のけが人も出さなかったんだ」

28歳が終わるのを待って、母校の師範学校の教師となり、一年ちょっとで東京体育専門学校助教授に抜擢され、赴任するため、敗戦の色が見えはじめた昭和18年、群馬を離れ、野口先生はいよいよ東京へ旅立った。』

思考の深さと気|ニュースレターNO.179

もう11月に入りました。早いですね。自分の行動が時間の速さについて行けない気もする今日この頃です。今月は各地で全国高校駅伝の県予選が行われます。私も、夏前から週に一度の割合で指導している女子のチームがあります。最初に見たときは、とても走っているとは思えないほどでしたが、見る見る成長を遂げ、素晴らしいランニングができるようになって来ました。

今週末、試合ですが、おそらく他の学校はまったくのノーマークのため、その結果に驚くことでしょう。楽しみです。同じ学校で、女子の短距離の選手たちも週に一度のペースで教えています。この選手たちも、大幅に自己記録を更新し、楽しく練習に取り組んでいます。高校生は、教えれば教えるほど成長を示してくれるので、教える側も楽しいです。

教えるということは、できる、変わった、ということを気づかせる事です。ただ、言葉でどうしろというだけではできるようにはなりません。今どのような動きになっているのか、なぜそのような動きになるのか、何をどのように変えれば動きはどのように変わるのか、まさに本人に気づかせることが大切です。それが私の指導の基本になっています。

本人に気づかせる、分からせることができるか、それができれば簡単に動きが変わります。自分ができるようになったとわかるから、練習が楽しくなるのです。

こんな状況の中で、宇城憲治氏の著書(空気と気-気の根源 思考の深さ-合気ニュース2007)を読みました。すると、私と共通するようなことが書かれてありました。その中に、自分の気づきを書かせるということが書いてあります。これもそのとおりだと思います。

わたしも、自分も感じたこと、思ったことを細かく書けるかどうかが、その人の理解の程度であるということで、自分自身もそうしていますし、学生たちにもそうするように言っています。ぜひ、目を通してほしい本でもあると思います。今回は、指導者にとって、ポイントと思われるところを抜粋して紹介したいと思います。

『これまで述べたように思考の深さからくる気によって同時性・多次元の動作が可能となります。その思考の深さによる結果の記憶先が「身体脳」です。

身体脳の記憶は知識としての頭脳記憶ではないので、それを説明する適切な言葉は見つかりませんが、ここが非常に大事なところです。すなわちスポーツのような身体動作を伴う指導において、言葉で教えることがいかに矛盾しているかということです。言葉で教えて、教えられるほうが「わかった」というのは、その言葉が「わかった」という意味であり、その内容を理解したということではないのです。

スポーツ選手などで一流になった人がいますが、それはどちらかと言うと指導による結果ではなく、自分の良さに気づき、そのことによって自分がやる気を出し、自分を自分で解析、工夫した結果なのです。下手なコーチや指導者ほど、言葉で教えたがり、可能性のある人もそれでつぶれていく場合が多々あるのも事実です。

また逆に、自分の気づきで一流になったと考える人も、そのレベルは優勝とか記録とかメディアの宣伝効果によってつくられたもので、実は真の一流のレベルにいたっていないことが多く、まだまだ可能性があるということです。実際プロ・アマの第一線で活躍する選手たちを指導してきた実例からそのように感じています。

また一方で、そのことは武術などに継承されている術技及び心法を見れば明白です。桁が違うのです。生か死かの場から創出されている武術では、術技はもちろんのこと、それ以上に心法(心のあり方)が重要になってきます。それゆえに武術の極意とも言われる術技は心の上に成り立っていることがわかります。

まさに事理一致、剣禅一如などの訓はそれを教えています。

競技の技と切り離されて行なわれているスポーツのメンタルトレーニングなどは、まさに話にならない世界であると言えます。』

『最近の指導では「気」を積極的に活用していますが、それには次のような方法でやっております。

たとえば、「相手を投げる」という稽古においては、一般的には、「投げるという形・技」を教え、自分が実際にそれをやってみせ、その後みんなにやってもらうという方法をとりますが、なかなかその通りにはいきません。また、いつできるようになるかもわかりません。そこで新しい稽古方法として、「気」を使う方法を取り入れています。

それは、投げる側にこちらから気を通すことで、投げる側に変化が起こり「投げ」ができるようになるというものです。人数は何人に対してでもOKで、実際に空手実践塾ではいくつかのグループに分かれた複数の人に気を通しますが、ほとんど全員が一斉に投げができるようになります。すなわち、気を通して行なうことによって、「投げられる時の白分」と、現レベルの「投げられない自分」の二つの存在が自覚できるわけです。

従来の方法ですと、「投げられない自分」しか存在せず、「投げる」という状況は、言葉で聞くか、先生の投げを見るか、さらに先生に直に投げられるかで情報を得、その情報をもとに自分が投げられるように試行錯誤するということになるわけです。

しかし気を通す方法では、「気」の力によって、投げができていないレベルの人に、投げを体験させることができます。それはたとえば、自転車に乗れていない人に気を通すことによって、瞬時に自転車に乗れるようにし、「乗れる」感触を擬似体験させるというようなものです。

自転車に乗るには、教科書は意味を持たず、言葉はあくまでも参考程度にしかならないことは明白です。むしろ何回もこけて、身体と脳へのフィードバック回路がつくられることで乗れるようになるわけですが、「気」による方法によれば、乗れた時の感覚を先に疑似体験できるので、身体の中にその感覚が残ります。したがってその感覚に向かって内なるフィードバックがより早くなるということです。

もうひとつは、「乗れた」という擬似体験が、その人に希望を与えます。それは同時にやる気にもつながり、この点は非常に重要だと思っています。このようなことを、武道の極意の集積でもある型に内在する技を一つひとつ分解組手を通して稽古検証することで、身につけていくわけです。

日本が世界に誇れる武道文化、すなわち武術の究極「戦わずして勝つ」「衝突から調和融合へ」という高い次元を気の力を使って擬似体験できれば、稽古内容が相対から絶対に向かい、そこに自主性が芽生え、内なる強いエネルギーが出てきます。このようなことはジャンルを問わず、一人ひとりの違いを超えた本質のところでの心技体の一致の気づきにつながります。

伝統の型や口伝、伝書はただ継承するだけでは意味がなく、再現することが重要で、「気」を使った稽古、実践はこのようなことに非常に有効で意義があると思っています。

図4は、「宇城流根本原理↓指導↓変化」の稽古プロセスを示したものですが、根本原理は仮説ではなく、事実を通して得た真実です。

このプロセスでは、統一体を自らつくることによる方法と、気を通して「不可が可になる」方法で稽古をします。そして自分の変化、感じたことを感想文にあらわします。それを検証分析することによって、その人の変化の度合い、すなわち進歩・成長がわかります。その繰り返しと気づきの変化を通してステップアップを図っていきます。

この「気づきの変化」は、一方で思考の深さとなります。この身体を通しての思考の深さこそ、調和を生む根源です。「相手に入る」「瞬発力」「先をとる」などの“技の冴え”はまさに、思考の深さに比例するものであります。

ここに文武両道への第一歩があります。すなわち「非日常から日常に向かうこと」、これが大事だと思います。』

『仕事ができる人は、できることの方法を身体が知っているので、同時性・多次元の動きができるので早い。しかしできない人は頭で先に考え、できる理由よりできない理由が優先され行動が遅くなります。できる人は行動が先に起こります。大事なのは、動くということ。逆に自分でできないと思っていることをやらせても人は動きません。動いたとしてもそれは「死に体」と同じです。

まず、リーダーや指導者が勉強しなければならない。「教えて学ぶ」も含めてです。わからなかったら繰り返し繰り返し勉強する、そうすると、「なぜ、なぜ、なぜ」と疑問が出てきます。その自分への「問いかけ」の積み重ねが自分のレベルアップにつながっていくのです。

たとえば、武術空手になぜ筋トレが必要ないかの問いかけからは力の意味が解けてきます。すなわち筋トレは衝突の元凶であり、スピードの遅さにつながり、また、身体の呼吸を止め気が流れない原因となる。

また「調和融合」の問いかけからは、武術の究極の重要性がわかってくる。間を制する、ゼロ化するなどです。また調和というのは眼を見たらわかる。眼を見た時にそこに深さがない人は、たとえ調和と言っていても、ただ言葉で言っているだけというのがわかります。

武術ではよく「中心」が言われますが、中心はある意味ではひとつの居つきとも言え、それよりも中心を活かした芯が重要です。芯は独楽のように回ってはじめて芯になる。回らなくても中心はある。回らなければ意味がない。芯ができてこそ日常の中にも活きてくるのです。』