2005年 6月 の投稿一覧

嬉しかったこと・希望|ニュースレターNO.122

モスクワから帰った後、他府県の専門学校に通う学生さんが3名平成スポーツトレーナー専門学校を訪ねてくれました。本当は、前回のニュースレターで書きたかったのですが、ロシアから帰ったところだったので訪問記を掲載しました。その来校者に自分の夢の実現に対してさらに意欲を借りたてられただけでなく、非常に感動し、うれしかったこともあり、その気持ちをぜひ皆さんにお伝えしたかったので、特別リポートにしました。

来校されたのは何れも女性の方でした。わざわざ遠方から来てくれるということで、夕食をご一緒して一泊してもらい、翌日は朝から授業に参加してもらったり、夕方の勉強会にも参加していただきました。

3名の方はいずれも今年専門学校に入学された方々でした。授業は、午前中の同じ1年生のアスレティックトレーナー実践を3時間受講してもらい、午後は私がいろいろ質問を受け、それにお答えし、夕方は学生の勉強会に参加するという日程でした。まる一日、平成スポーツトレーナー専門学校の学生と同じ行動をしていただきました。

学校の雰囲気、学生のやる気、私が目指す教育方針など素直に感じ取っていただけたようです。その感想は、学校のHPに掲載してあります。

3名の方とは2日間おつき合いしたのですが、私が教育したい学生というかそれに十分値する方たちで、本当に彼女たちを私の学校で私の下で教育したいと心底思いました。そのことは実現するかどうかはわかりませんが、教員ともども彼女たちのような人材が平成スポーツトレーナー専門学校の学生にふさわしいし、実現すれば教える側としてもワクワクするし、夢を感じると話しております。

彼女たちに現状の話を聞くと、やはり何か足りないと感じているようです。それはどこの学生も同じだと思います。本物のスポーツトレーナーとして何を学ばなければならないか、どのような知識を持って、どのような技術を持たなければいけないのか、それらを本当に提供できるところはほとんどありません。

日々、何を学び、何ができるようになっているのか考えてみればわかります。専門学校は、わずか2年しかありません。その中で4年制大学のような授業をしていても、何かの知識はついても何もできない状態で卒業を迎えることになります。そんな人材がプロの職域であるスポーツトレーナーとして活動していけるかどうか、その答えは明確です。

2年間で何ができるか、どれだけの時間があるか、ほとんど時間はないのです。学校での勉強と、授業以外の時間をどれだけ有効に使うかということにかかっています。2年間朝から晩まで自分の将来のための基礎づくりが必要なのです。

幸いにも平成スポーツトレーナー専門学校では、早朝と放課後の2回勉強会が開催されています。バイトに行くものは、早朝に、家が遠いものは放課後にそれぞれスポーツトレーナーとしての技術を習得するためにがんばっています。それに付き合う教員たちも大変です。授業は、9時からですが、8時から勉強会が始まります。

スポーツトレーナーにとって早起きは基本的なことです。その習慣化にもなります。本学では、遅刻する(授業開始5分後まで遅刻扱い)と授業は受けられないのですが、今では遅刻者はいません。遅刻、すなわち時間の約束事は、スポーツトレーナーにとっては許されないことであり、教員も同様で授業のスタートも鐘の合図とともに始まります。厳しいように思うのですが、習慣化すると普通のことになります。

彼女たちは、平成スポーツトレーナー専門学校の学生をうらやましいと思われたようですが、まだまだ全員がしっかり前を見つめて努力している状況ではありません。まさにこれからです。入学者の100%が前を見つめる環境に持っていきたいと思っています。

そのためには、彼女たちのような人たちに一人でも多く入学してもらい、本物のスポーツトレーナーを目指して勉学に励んでもらいたいのです。本当にやる気のある人にとっては、理想の教育環境にありますし、さらに環境整備に努めたいと思っています。

授業の内容についても、とても感動していただいたことと、これまで教えられてきたことや考えていたことが大きく覆されたことも多くあったようですが、それは当然のことです。平成スポーツトレーナー専門学校で教えていることは、本当のこと、応用ができる基本的な考え方です。

たとえば、テーピングにしてもトレーニングにしても、教科書や本に書いてあることのコピーということはありえません。テーピングでは、テープそのものについての知識からテープ1本ずつの意味と役割について教えます。

ここに何本のテープを貼らなければいけないのか、なぜこのように巻かなければいけないのか、ひとつずつの解説が必要なのです。ただ、足首はこのように巻くということはありえません。本当に意味で、テーピングというものが分かっていなければそれは仕方のないことですし、そこまで教えてもらえるところや教えてくれる人がいなかったということになるでしょう。

トレーニングにしても同じです。たとえば、クリーンやスクワットなどでも、単純にこうするという教え方はしません。どうすればどうなる、何のためにどうするかなど、動作の根本を教えます。クリーンやスクワットなどではいろんなやり方があり、スクワットはこうであるという事にはなりません。形を教えるのではなく、考え方の基本を教えるのです。そうでなければ、いろんな状況で応用が利きません。

このような状況があるために、授業に参加されるとある意味カルチャーショックを受けられるのです。平成スポーツトレーナー専門学校では、ごまかしはありません。そのために、教員も私の下で必死になって勉強しています。これまでの常識をある意味取り払って学びなおす必要があるのです。

どうしても直線的な考え方やものの見方になってしまうのです。広い視野を持ち、柔軟な考え方を持って物事の解決にあたるということです。それができるようになればアイデアもわいてきます。

本物のスポーツトレーナーにとっても特に大事なことは、知識もそうですが、実践力です。どのような実践力かというと、スタートはからだをほぐしてあげられるテクニックを持つということです。一般的にはスポーツマッサージなどが行われますが、スポーツマッサージは医療行為になるため、専門学校を出てから使うことはできません。

また、その熟練にも年数がかかります。平成スポーツトレーナー専門学校では、日本ではここでしか教われないリンパドレナージュを教えています。このテクニックの習得がわれわれが目指すスポーツトレーナーにとって命となるばかりでなく、そこらに負けない身体調整テクニックとしての価値もあり、そのテクニックだけで独立できるものです。

このテクニックが他のスポーツトレーナーとの差別化になるのです。主に勉強会では、このテクニックの習得に努めています。

その他にイオン棒を使った特殊なISAテクニックの指導も行っています。特殊なイオン処理された棒をつかって、体内の静電気を抽出し、リンパの流れをよくして、 体調を整えるというものです。このイオン棒も現在のところ、平成スポーツトレーナー専門学校にしかありません。

ここでしか教わることのできないものです。その効果は驚きのものでしかありませんが、非常に高額であるために学校の授業で使えるだけの本数を用意することは到底できません。しかし、平成スポーツトレーナー専門学校ではその体制が整っています。ここにも価値があるのですが、イオン棒1本で独立も可能なのです。

3名の来校者があって以来、ますます来年から楽しみになってきました。彼女たちがきてくれれば本当にハッピーですが、本物を求める決断ができるかどうか、私にもわかりません。感動したらすぐに行動に移すという魚住流は期待できないかもしれません。

本当は、そういう行動があってこそ夢に近づけるのですが。しかし、「こういう人たちに来てほしい」という、われわれが期待している対象者が明確になったことだけでもうれしく思っています。教職員と学生が意をひとつにして本物のスポーツトレーナーを養成したいという気持ちが一層強くなりました。そんな環境に一人でも多くの方がきていただけることを期待しております。

私もこれから一層努力して、そのために何を、どんなことを、学生に提供しなければいけないのか、その材料作りに励みたいと思います。

いつでもお越しください。そして授業にも遠慮なく参加してください。それで本当のところをわかってもらえればと思います。私が何を考え、どんなことをやろうとしているのかを理解していただき、ご自身もぜひ私の下で勉強したいと感じていただければ嬉しく思います。

彼女たちに感謝し、また多くの本物のスポーツトレーナーを目指す方たちにお越しいただけることを願っております。 感謝

マトヴェーエフ氏を訪ねて|ニュースレターNO.121

6月9日から14日まで、モスクワに出かけてきました。マトヴェーエフ氏を訪ねて、毎年恒例の行事のようなものになりました。今回は、特別な調査というものではなく、昨年9月にアカデミーで氏の80歳の誕生祝賀会に出席できなかったこともあり、遅ればせながら誕生祝を持参したということと、いくつかの課題(質問)を持って訪ねました。

偶然にも、アカデミーで開催された氏の誕生祝賀会の席で、私がお送りした祝辞のFAXが読み上げられ、非常に好感を得たというお話を伺いました。

私にとっては初耳で、驚き以外の何者でもありませんでした。祝電を託した佐藤さんが、マトヴェーエフ氏にお送りするタイミングが偶然にも祝賀会の日でアカデミーにFAXをお送りすることになったというだけなのですが、喜んでいただけてうれしい限りです。

今回の訪ロでは、着いたその日から帰る日の直前まで毎日マトヴェーエフ氏のお宅に伺うことになりました。その中で、いろいろ質問し、自分の頭の中の整理をしたわけですが、今回の訪ロもそういう意味では非常に成果がありました。今回のニュースレターではその質問の中から、参考になるポイントを紹介したいと思います。また、いつものように訪問記も掲載しますので、それもあわせて読んでいただければと思います。

最初に、筋力とパワーについてお話を伺いました。ロシアではパワーという用語はないようですが、パワーというものをどのように考えているのかという質問をしました。マトヴェーエフ氏が書かれた「体育の理論と方法論」の本を読んでいきましたが、その中にパワーという用語はなく、筋力、持久力、柔軟性、調整力という4つの要素しかありませんでした。

その内容を見ると、パワーという独自の定義も必要でなく、筋力というか、力というものをどのようにとらえるかという理解の仕方に問題があるように思えました。事実われわれが誤解して理解していることが多いようです。実際にマトヴェーエフ氏から説明を受けたことで、筋力・力というものをよく理解することができました。

筋力や力は、力学的な考え方、捉え方もありますが、純粋な筋の能力として捉える必要があるということです。どのような能力かというと、筋肉がどれほどの収縮力を持っているのかということ、筋肉がどれほどの収縮速度を持っているのかということ、筋肉がどれほど収縮の持続力を持っているのかということ、それぞれがロシアでは筋力、スピード‐筋力、筋持久力といわれているようです。

われわれが言うパワーというのは、この中のスピード‐筋力の能力ということになります。また、スピードという概念も速度と混同してはならないといわれました。

スピードというのは、ある動作や動きの速さであり、純粋な筋の活動の速さではないということです。速度というのは、筋そのものがどれほど速く反応するかという能力でもあり、その反応と同時にどれほどの速さで収縮するのかという能力であるということです。したがってロシアでは、筋力、パワー、筋持久力という個別の要素ではなく、純粋の筋の能力として筋力、スピード‐筋力、筋持久力があるとしています。

考えてみるとなるほどその通りであり、パワーといってスピード‐筋力のトレーニングだけに打ち込んでも成果はさほど見られません。そこには、筋力も必要であるし、筋持久力も必要になります。個々の筋の能力をすべてバランスよく改善する必要があるということです。そのために組み合わせのプログラムと計画が必要になるということです。

それから、スピードについても同様で、スピードは動作・動きとしてのダイナミックな活動の速さを現すものであり、テクニックや調整力が必要になるということです。

スピードには、筋の反応・収縮速度が絶対不可欠であることから、このことも忘れてはいけません。常にそのための刺激を与えておく必要があるということです。しかし、基本的にはあまり改善が期待できないので、現状を維持するという考え方になり、そのためにいろんな刺激を与え、ステレオタイプ化しないようにすることです。

そう考えると、ラダートレーニングでスポーツ動作に関係なく、いろんな方向にすばやく足を動かすということも重要であるということになります。

その目的は、反応・反射のレベルを向上させるということよりも、そのレベルを落とさないで維持するということです。

筋力にしてもスピードに関連した筋力(コンセントリックコントラクション)もあれば、スピードに関連しない筋力(アイソメトリックコントラクション)もあります。

また、マイナスのスピードに関連した筋力(エキセントリックコントラクション)もあります。どのような筋力が必要であるかを理解するとともに、他の筋力も組み合わせながらトレーニングしなければならないということです。

すべてが互いに関連し、相互作用を持って目的の筋力を発揮することができるということです。まさに、偏った筋力強化にならないようにということです。筋持久力も何秒間、何十秒間力を出しつづけるには持久力が必要であり、欠けてはならないのです。

また、こんな話をしていただきました。走り高跳びの場合、選手の体重の10%を負荷にして、走り幅跳びの場合は下肢の重さの7~12%を負荷にして跳躍系のトレーニングを行うとより高く、より遠くへ跳べるようになるということでした。ウエイトベストやアンクルウエイトの活用です。

また、男子の円盤投げでは3kgの円盤の投擲が効果的であるという研究結果があるということを教えていただきました。陸上競技などではこのような指標がたくさんあるようです。ただ闇雲にジャンプトレーニングをしたり、投げ込むだけでは結果につながらないということがよくわかります。このような研究グループが各競技団体で組織されなければ、科学的トレーニングにはならないということも理解できます。

科学的トレーニングの「科学」とは何なのか、もっとよく考えてみる必要があります。何が科学的なのか、ほとんどわかっていないのが現状のように思えます。

次に、ニュースレターでも紹介したベルンシュタインの話と調整力(コーディネーション)について話を伺いました。ベルンシュタインはもともと生理学者であり、スポーツの世界とは無縁であったそうです。いわゆる生理学者で学術論文しか書いたことがなかったが、巧みさについて素人向けに解説を試みたようです。

しかし、自分自身満足したものではなかったようです。科学論文以外に書いた初の試みであったそうです。しかし、複雑な事情から出版にこぎつけられず死後に出版されることになったよう。それを読んでわかることは、研究の成果ではなく、仮説的なところがほとんどで現実に使える内容ではないし、例えのところが頭の中で考えたものが多いのでよく理解できないということでした。

ベルンシュタインは「動作の構築(1947年)」という著書を書き、その著書をマトヴェーエフ氏の指導教官であったノビコフがスターリン賞に値するとして推薦され、受賞されたのですが、その後体調面と精神的な問題で、研究所を退職したそうです。

その後、定職につけずにいたのですが「積極性の生理学」の理論を作り上げ、いろんな雑誌に論文を書いていたそうです。その中でパブロフの条件反射を否定するところが出てきて、周囲から批判されるようになり、それで「積極性の生理学」の本も死後出版されることになったそうです。

ベルンシュタインの考え方は生理学から心理学に移行していったようです。彼の残したものは、全体に仮説の性格が強く、完全に証明されたものではなかったようです。そのことは心理学上での解決できない問題であるということにつながっていったようです。仮説の世界が心理ということのようです。

マトヴェーエフ氏は1980年代の後半にコーディネーションから運動調整能力という用語を用いて(1991年に出版した「体育の理論と方法論」において初めて明示された)、運動調整能力を「運動における空間的、時間的、力学的要因を調整して運動を調整する能力である」と定義されました。それまでは『巧みさ』の養成という表現であったようです。

また、質とは哲学的なものであり、ある特質、他と異なるある性質を意味する。この観点からすると、運動調整能力とは、運動能力の発揮、熟練度の発揮という特質と考えられ、能力も質になるということです。他の身体能力と同様にその現れ方は多種多様であり、速さにもいろんな能力があることを理解しなければいけないということです。

運動調整能力の根底にある質・特質とは、器用さ、うまさ、巧みさといえるので、現れ方は多様すぎるものであり、はっきり定義できないものでもあるということです。運動調整能力とは、運動動作を調整する能力、ある動作から他の動作に移行する調整能力であり、あるものとあるものをすり合わせる、調整する能力であるといえるようです。

この点からすると、ベルンシュタインも誰も巧みさというものを定義していないと言えるようです。だからマトヴェーエフ氏は『巧みさ』ということばを使わず『運動調整能力』ということばを使って明確に定義したそうです。

しかし、ベルンシュタインの研究がスポーツの中で巧みさについて取り上げられるきっかけにはなったと考えられるようです。そして、緊張と弛緩の配分や体のバランス・平衡性をどのように保つかということも追求されるようになりました。

動作の空間的正確さをいかに保つか、時間的正確さをいかに伸ばすか、どこでどのように力を入れるかという正確さのことが考えるようになり、これらの3つの正確さを同時に調整する必要があるということがわかったようです。

動作の習熟、運動調整能力のレベルはひとつのレベルに到達した後、そのレベルを保持することはできない。すぐにバリアが現れるので、次のレベルにアップするための調整を考えなければならないということです。いわゆるいつまでも同じ練習・トレーニングをしていてもレベルアップは期待できなくなるということです。

到達したレベル・要素が固まらないようにし、絶えず一度壊して、新しい要素を構築する必要がある。特に、調整能力において、スタンダードで条件が決まっている場合に、そこで調整能力を発揮する場合と、突然運動条件が変わってそこでうまく調整していく場合があるので、この2つを絶えずやっていく必要があるということです。

19世紀の初頭、体育の父といわれたレスガフトは「重要なのは力を持つということだけではなく、いかに支配する・コントロールするかということが重要である」といったそうです。このことからも運動調整能力のそれぞれの要素について十分分析し、適切なプログラムを実施すれば誰しもトップアスリートになれる可能性があるということです。

そこにどれだけの分析と計画的なプログラムの実施ができるかという指導力が必要になるということです。このことは、筋力、パワー、スピード、持久力についても同様の考え方が成り立つということです。

以上の話でもわかるように、一つ一つの身体要素をきっちりと定義し、多面的に理解することからトレーニングが成り立たなければいけないことがよくわかりました。これまで、トレーニングに関して、また身体機能の要素に関して理解が浅かったことを反省するとともに、常に広い視野を持って取り組まなければいけないことを教えられました。またまた『木を見て森を見ず』を諭されることになりました。

コオーディネーショントレーニングの考え方|ニュースレターNO.120

早いもので、もう6月になってしまいました。4月から月2回、3ヶ月間にわたる別科を開講した事から、月日の経つのが本当に早くなりました。講座の資料作りをしたりと大変な状況です。特に、コンディショニング講座の受講者の方には、膨大な資料がたまっていくわけですが、それに目を通していくだけでも大変だと思います。

特別な講座ですから、これまで私が蓄積してきたものを、あるところ惜しげもなく提供しております。それが別科を受講された方の特権でもあります。

テキストもそうですが、他人に公開できないものになっています。個人の情報資料としてのみ活用が許されるものになっています。基礎的な知識と、それをどのように応用するかという考え方と、実践力を養えるように精一杯がんばって教えております。

午前の3時間がコンディショニング講座、午後の3時間がリコンディショニング講座、その後は一杯やりながら懇親会・補講(?)と、楽しさと盛り上がりと、疲れを感じつつ、「やりがいあるなあ」と感じているところです。

今回の別科は、7月で最終になり、次は9月からの開講になります。3ヶ月、6回続けて受講できない方のために、2年間ぐらいの間に6回の講座を受講し終えればよい、というように受講条件を検討中です。私としては、尐数で密にやりたいので、受講者が増えるというのは困ったことでもあります。

リコンディショニング講座を受講の方には、その後の懇親会もついてくるということで、それこそ何でも聞いていただける特権もあります。都合のつく方は、ぜひ受講してください。私も皆さんにお会いできる機会がもてればうれしく思います。

さて、今回のニュースレターは、コオーディネーションの考え方についてです。トレーニングジャーナルの6月号に「特集パフォーマンスを上げろ!」という記事が掲載されました。講義編と実技編に分け、実に21頁にわたるものです。内容は徳島大学の荒木秀夫氏によるコオーディネーション・トレーニングの講習会(講義と実技)の書きお越しです。

これまでに何度かコオーディネーションが取り上げられ、荒木氏も何度か登場されましたが、今回の特集記事には大いに参考になるところが多くありました。と同時に、コオーディネーションについてより深く理解することができるとともに、実践編での解説を読むことでより具体的なプログラムや練習方法が想像できます。今回は、講義編の中から参考になるところをピックアップしました。

中でも、「アイカット」のことと、繰り返しの練習についてのことが参考になります。「最後までボールをよく見ろ」「・・から目を離すな」という指導が多いのですが、「見なくてもできる対応能力」ということになるのでしょうが、感覚を研ぎ澄ますことがことさら重要であるということです。このことはいろんなエクササイズや練習に応用できます。ボールゲームでは、特に役立つはずです。

また、繰り返しの練習についてもリラックスした状態での反復練習が、ゲーム環境での緊張した・疲れた状態でのプレイにどれだけ役立つか、考え直す必要性が示唆されています。まさに、「練習ではよいのに試合になると・・・」に対処する方法が見つかります。

これを機会に、一度読まれた方ももう一度読んでみてください。特に指導者には御勧めします。実に面白かったというのが私の感想でもあります。21頁もあったわけですが、3回も読み直しました。

『・・・エネルギー代謝に関する狭い意味での体力トレーニングを考えると、パスにしてもキャッチ、ジャンプにしても、それぞれの動きに対して筋力の発揮の仕方が問題になります。持久力も関係しますし、反射速度などの要素も出てきます。そうすると、サッカーのパス、トラップ、シュート、走るなどすべての動作に筋力、持久力、反射速度が必要になります。

パスをするためだけに筋力トレーニングをするということはなく、走ることやシュートすることも考えるので、多様な動き、多様な負荷で行います。これはスキル系とは異なり、いろいろな技術の共通の部分をピックアップしてトレーニングし、それを技術に戻していきます。

・・・

では、反復練習になっているスキルに関するものではどうなのか。そこでも同様に共通のものを取り出してトレーニングすることができるのではないか。パスやキャッチ、ジャンプなどさまざまな要素がありますが、それぞれに空間を把握する能力や時間を調整する能力に加え、強さ、速さ、リズムなどの問題が出てきます。

そこで、空間を的確につかむ能力を養うためのトレーニングなど、それぞれの共通したものを取り出してトレーニングすることが考えられますが、それこそがコオーディネーション・トレーニングの発想です。

あまりコオーディネーション・トレーニングを紹介しているものには出てこないのですが、私はエネルギー代謝なども切り離せないものだと考えています。どんなに輪投げが得意な人でも、走った直後に投げれば入らなくなります。それは腕が疲れたのか。そうではなく、乳酸がたまると脳は異なる状態になっています。

疲れていないときにバスケットボールの選手がフリースローの練習をして99%入ったとしても、ゲーム中のフリースローでは90%になってしまう。エネルギーレベルが変わってくると認知能力や空間を捉える能力も変わってきます。したがって、コオーディネーションの場合でも空間・時間・強さなどの神経系の要素を、エネルギー要素を含めて考えていかなければならないと思います。』

『平衡能力は、運動の目的を達成するための平衡感覚能力で、もし反射的能力が邪魔であればその反射を抑える必要があります。わかりやすいのが閉眼片脚立ちですが、長くできればよいということではありません。こういうバランスのとり方を長くやればやるほど、実際のスポーツにおける動きが崩れてしまい、うまい具合に運動の能力が発達しなくなる。

5秒くらいですぐに倒れてしまう人でも、将来性のある平衡能力を持っている人もいます。閉眼片脚立ちという種目があればそれが目的となるので話は別ですが、サッカーや水泳、野球などでは、ある技術を身につけるために独特な平衡機能を発揮しています。基本はたくさんあるのですが、ここでは感覚の変位、体節部位間の変位、平衡能力の「つくり」と「くずし」の3つで考えてみます。

まず感覚の変位。視覚であれば目、聴覚であれば耳が関係してきますが、平衡感覚には光も関係しますし、音も関係します。三半規管、皮膚、筋、腱、いろいろなものが総合的に働いています。

・・・いろいろな能力が複合的に発展していくので、1つのものだけに固定してはいけません。平衡能力も感覚を変位させないといけません。綱渡りを練習してうまくバランスをとれるようになることと、サッカーでうまく体軸をとることやハイジャンプでうまく空中姿勢がとれることとは別問題です。つまり、必要な平衡能力を、時と場合によってそれぞれ異なったパターンにすることによって動作をうまくこなせる。

目に頼ったままバランスをとるやり方を固定化しても、目に頼れないバランスをとる場面が生じるとうまく発揮できません。いいシュートを打つけど、ちょっとディフェンスのプレッシャーがかかると全く打てないという選手がいますが、それを「状況判断が悪い」かと言えばそうではない。

プレッシャーのないところでの体幹の制御を覚えてしまい、融通が効かなくなってしまっているのです。こういうケースは非常に多い。あるときは目を使う、あるときは別の方法で感覚を変位させる。そういう刺激を与えることで組み換えができ、応用が効くようになります。

・・・

私の場合、一番重視しているのが足を使わずに体幹で骨盤に乗るということです。以前、筋電図に脚の筋放電があらわれない状態で一歩踏み出すという練習をやりました。

時間のかかる人で40分くらい、早い人で10分くらいでしたが、陸上競技の選手は早かった。フラミンゴは細く長い脚で立っていますが、細いからといって筋力トレーニングをするようなことはありません。彼らは脚のわずかな筋肉をうまく使っている。人間も筋力トレーニングをしすぎるとこのバランスが悪くなってきて、次第にスキルに悪影響を及ぼします。

筋力トレーニングは、本来は動きをつくるために行うものです。それなのに筋力だけを発想していくと、その結果動きが壊れる、ぎこちなくなることがある。実際に、脚の筋肉を使わずに立とうとすると、うまくできないのはだいたいマッチョ系です。普通の人に比べて負担感がないのでいつまでも立っていられますが、筋力に頼っているため脳がさぼってしまう。

スリムな女性にとって1時間立ち続けることはしんどいと思いますが、そこで「筋肉を使わずにどうやって立つか」と分析し、順応しようとします。筋力がなければいかに効率よく走るべきかを考えるようになる。ここがコオーディネーションに関係してきます。

・・・

私は、筋力はできるだけ低いほうがよいし、持久力は高めないほうがよいと思っています。いかに尐ない筋力で最大の力を発揮できるか。持久力を高めなくても記録を改善できるか。それがコンディショニングと絡めたコオーディネーション能力の考え方です。話が尐しずれてしまいましたが、体節部位間を切り替えるということはスポーツにおける平衡能力として筋出力とも関係し、非常に重要な意味合いを持っています。

最後に平衡能力の「つくり」と「くずし」についてですが、平衡能力はうまくバランスをとれることが優れていると考えられがちですが、逆に邪魔する場合もある。バク転を行うときに、できない人であっても自分の身体像のイメージでは半分くらいまで回っているように思っています。しかし、客観的に見るとそうではない。

それは平衡能力が邪魔をしているからです。飛び込めと言われて押されたときに足が一歩前に出るのは、平衡をとるための反射です。本来起こる平衡能力をあえてくずすことによって、その運動の目的を達成する。いつでもどこでも平衡がとれるし、どの感覚を中心としてもとれるし、そして抑えてリセットもできる。これがコオーディネーションの概念に出てくる平衡能力です。』

『陸上競技の100mの選手がハードル走をやるというのは、こういうトレーニングになります。ここで、その結果記録が伸びる人もいるかもしれませんが、逆に落ちてしまう人もいる。

つまり、むりやりに複雑な刺激を与えればよいというわけではありません。棒高跳びのブブカ選手は世界記録を何回も更新しましたが、彼が練習の中で非常に時間を割いたのは体操競技のトレーニングでした。棒の使い方とか走力ではなく、空中での感覚をうまく得るためのコオーディネーションに関わるトレーニングをやっていました。

結合能力は運動と運動を結合、連結する能力(コーディング)です。時間の流れの中での結合能力で、子どもがランのフェイズを覚えたときというのは、だいたい足に頼った形になります。運動の発生から見るとスキップがありますが、女の子のほうが先にできる。男の子のほうができない。

コオーディネーション能力というのは、ゴールデンエイジに入るころでも女の子のほうが進んでいる。それは言語能力などにも関係してくるのですけれども、女の子のほうが能力が高いことが多くみられます。

・・・

一般に空間の広がりは目で見て判断するのがオーソドックスですが、視覚が遮断されると、われわれが歩いたときの幅を2~3回で把握するところを、目が見えない人は1回で把握できる。それは代償作用が働いているからです。一流のアスリートはそれをやっています。逆に言うと障害者は一流アスリートと同じことをしている驚くべき能力を発揮しているとも言えるでしょう。

視覚などのある特定の感覚に対して外乱刺激を与えることによって、新たにコオーディネーションしようとすることになり、視覚では目に頼ることがない。それを私は「アイカット」と呼んでいますが、目に頼らない、尐なくとも最小限の情報で判断できる。

イチロー選手がボールを背面でキャッチしますが、それは定位分化能力が高いということになります。目に頼っていない。同じ動作をし、一見華麗であっても、目で見える範囲で目に頼っているのであれば、技術そのものは高いレベルにまで達していません。そういうトレーニングをしなければなりません。目を切る練習をしなければならない。そうすると、目に頼らないで正確に空間を取ろうとして動きが変わってくる。』

『・・・ラテラルパスの話でも触れましたが、運動の解析とスポーツの解析は違います。「スポーツ科学」という言葉日本ではよく使いますが、多くの場合は「運動の科学」と言えるでしょう。

こうした運動科学は極めて重要ですが、筋力はこうすれば上がる、持久力はこうすれば上がるということはわかっても、人類としてどんなに優れた筋力や持久力を持っていたとしても、恋人に振られ、財布を落とし、大学受験に失敗したときにはその能力は発揮しきれません。

旧東ドイツやアメリ力を始め、ヨーロッパのスポーツ大国と言われた国はこうしたメンタルな面も含めてコオーディネーションを考えています。

科学則なものと経験則なものは関係づけていかなくてはなりません。コオーディネーションとは、いろいろな能力を組み変えることができることと言いましたが、基本的にはいろいろな神経系に関する結果や運動力学に関するデータなどの根拠に基づきながら、高いレベルすなわち行動のレベル、スポーツのレベルでそれをどう発揮していけばよいかが最大の課題となります。

筋力をどれだけ高めても、腱の発達に比べて筋のほうが発達しやすいので、腱と筋のバランスがくずれてケガをしやすく、その違和感を感じた選手は発達した筋力に心理的な抑制をかけてしまいます。そのため、本人にはその原因がわからず、筋力トレーニングをしているのに全然スピードが出ないということも起こります。

経験則に基づいたもの、わかりやすく言えば長年指導している人がつかみ得たものと、そして科学的に分析したものをただ並べるだけではなく、総合的に分析したものをうまく加えたような思想にする必要があります。

つまり、アートとサイエンスなんです。アートというのは人間的手法に関わるものです。人間の感性、芸術もそうです。感性に基づいたものを把握する能力というのは、経験から学んだものがあります。コオーディネーションで絶対的に大事なことは、決して経験を軽視しない。

同時に決して科学を軽視しない。2つを統合して、ありようのままの人間の能力をどうつかむかということなのです。アートとサイエンスの両方の領域か必要なのです。

もう1つコオーディネーション・トレーニングで大事なことは、これまで挙げたことをプログラムとして考える必要はないということです。なぜこういう運動を行い、どこを見て評価したらよいのかという原理を押さえれば、いろいろ違うこともできます。

ここで紹介していることは私が言っていることであって、それぞれの人に作業仮説があって、能力の組み換え方や捉え方があっていいはずです。選手も、そういう自分のコオーディネーション能力のみ立て方を理解する。コーチも理解する。コーチと選手の違いは、選手は最終的には内部的なものとして動きを発達させることが中心となり、コーチは外部的な観察による見立てによって全体をより深く理解することが中心となります。

自らがスポーツの考え方やトレーニングの考え方をコオーディネートしていく。それはコオーディネーションそのものです。結果的に選手が強くなるということは、選手自身も何らかの理解があっていつも考え、アイデアを出してコーチに相談し、コーチは見立てる。これがコオーディネーション・トレーニングの本来の姿と言えるでしょう。』