たった1度だけ「ごめんね。」と言われた僕が学生だった夜のこと

ごめんね
考え方

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先日、ご存知の方も多いと思いますが、闘将と呼ばれた星野仙一さんが亡くなられました。

あまりにも急なことで僕もショックだったんですが、星野さんがまだ楽天の監督をされていたときに、1週間ほど楽天でお手伝いをすることがあって、そこでお会いして話をさせてもらったことがあります。

最初は報道陣の方と一緒にいらっしゃったんですが、室内練習場で手伝いから上がろうとするときに、「ありがとうな!お前は何をしてる奴や?」と声をかけていただき、「トレーナーをしています。」と答えると、少し話をして「頑張れよ!」と握手していただきました。

テレビで見るよりも大きな印象があって、より迫力があって、温かいイメージを受けました。

親と近い歳の方が、尚且つお元気にされていた方が亡くなると、いろんなことを考えてしまいますね。おかんもいい年ですし、親孝行しとかないといけないなって思います。

 

僕が高校生だったある日の夜

高校何年生だったか忘れてしまったんですけど、ある夏の日だったと思います。

友達とプロ野球を見に行ってきて、すごく楽しくて、家に帰っていったんですね。で、夜遅くまであって、多分延長戦か何かで変えるのが、23時半ぐらいになってしまったんですね。

家の最寄りの駅について、ゆっくり歩いているときに、「あっ、鍵忘れた。」って気づいて、そのときはおかんが家出から帰っていた期間だったので、家に電話したんですね。

そしたら案の定誰も出ず、寝ていたんです。

「帰ったらおとんにキレられるな~・・・」とか考えつつ、家の前について、おかんの携帯に電話したんです。で、出なかったんですね。

だからもうあきらめて近くの公園のベンチで寝てやろうって思って、寝てたんです。そしたらカップルはいちゃいちゃしてるし、不審者と思われても嫌だし・・・とか考えながら寝てしまいました。

で、次気づいて起きたら2時で、そのまま寝てやろうって思ったんですけど、蚊が多すぎてめっちゃ脚が痒くて、もう1回おかんに電話したんですね。そしたら出て、すぐに帰るって伝えて、家のシャッターをガラガラって開けてくれました。

夜中の2時、シャッターのガラガラ音。家にいたおとんがキレて「お前何時やと思っとんじゃ。」って布団の中から言ってきたから、つい「うっさいな・・・」って言ってしまった。

そしたらおとんがブチ切れてつかみかかってきました。

 

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夜中の2時。部屋をめちゃくちゃに荒らされる

つかみかかってきたときに、野球部でウエイトトレーニングもしていたから結構抵抗できて、おとんとつかみ合いなんか生まれてはじめてしたから、ふと「あっ、俺って結構力あるんや。」って冷静な自分もいたんですけど、おとんが暴れる暴れる。

僕に「家を出ていけ。帰ってくるな。」とか散々言い散らして、挙句の果てに僕の部屋の中にあるものをひっちゃかめっちゃかにして、「出ていけ~!!!」と叫び散らして布団に帰っていきました。

嵐の後の静けさってこれかと思うぐらい、部屋はぐちゃぐちゃで、僕はポツンと立ち尽くすだけみたいな。

別に僕だけがキレられて被害を被ったら別によかったんですけど、家族みんな寝てるじゃないですか?おかんも朝早くからパートがあったのに、起してしまってすごく申し訳なってしまって、おかんに謝りにいったんです。

そしたら自分でもわからんぐらいに感情がこみあげてきてしまって、おかんに「ごめん。」ってボロボロ泣いてしまって、おかんも慌てたのか、「全然気にしなくていいから。大丈夫。いいよ。」って言ってくれて。

隣の部屋からねえちゃんだけは、「お前うるさいぞ~」とか言ってたんですけどね。

そのときにおかんから初めて謝られたんですね。今までのことを。おかんの中ではずっと謝らないとっていうのがあったみたいで。

それは家出をして、小・中・高校と一緒にいる時間がなくて、兄弟4人いるんですけど、おかんは僕だけ何もしてやれなかったって思ってみたいで、そのときその気持ちを初めて言われて、最後に一言「ごめんね。」って言われました。

これが今でも忘れられなくて、正直家出していろんな迷惑をかけられたこともあったんですけど、それ以上に気にしていたんだってことがわかったことが何よりも自分の中で大きかった。

 

おとんから言われた「すまんかったな。」

去年、29年間おとんとまともに本音でしゃべったことがなかったのに、急におとんから電話があってたわいもない用事で実家に帰った日がありました。

何年ぶりだったんですかね、会ったの。よく覚えていないですけど、その日はおとんとも普通に会話が始まって、地べたに座ってあたり障りのない話から、僕が小さいときに何を考えて育てたのかとかいろいろ聞いてみたんですね。

おとんって会社を経営していて、僕が小さいときはめっちゃ怖かった。兄はボコボコにされて、階段からもよく落とされたり、家から出されたりしてました。

それこそ星野さんみたいな存在でしたね。僕もよく怒られた。

ただ、そのときにおとんは何を思って育てていたかって聞いてみたんです。そしたら・・・「すまんかったな。あのときは経営のことで頭がいっぱいで、お前たちに当たり散らしていたな。」って言われた。

この瞬間僕の中で、一気に氷が溶けるようなスーッという、絡まってた糸が一気にほどけたみたいな感覚がありました。

おとんは怖い存在で、僕ら兄弟に対して愛情はないんじゃないかって本気で思ってましたし、とにかく怖いしかイメージがなかった。でも、やっぱり親なんだなって感じた瞬間だったし、今まで29年間生きてきた答え合わせをしているみたいだった。

これまで親にそれぞれ本気で謝られたのは、この1回ずつだけです。人が亡くなるときにはじめてその人の大きさってわかると思います。

親なら余計に。でもそれを親が生きている内に感じれることが一番幸せだし、その気持ちをもって親孝行していきたいですよね。

 

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親の存在

僕にとって親の存在は、生んでくれた存在であって、育ててくれた存在でもあります。

ただ、それ以上に、生きる意味をいろんな角度から考えさせてくれる存在でもあると思っています。

一般的な家庭ではなかった。その中で辛いこともあったし、前向きになれないこともあった。でもここまで生きてきてみて、ある意味良い訓練ができましたよね。

人としての可能性を大いに見せてくれたっていうと大げさかもしれませんけど、小さいころ制限なく自分がやらないといけないことをしてきた。

これが一番の親からの教えだと思ってます。“自分でできることはしろ。”おとんがよく口にしていたような気がします。

人から直接教えられることってほんとにわずかなことだと思うんです。でも、自分で学ぼうとすると、無限にいろんな人からいろんなことを吸収していけると思うんです。

今僕自身が本当に大事にしていかないといけないことは、素直にいろんなことをもっともっと学ぶことだと思います。

親の生き方もそうだし、周りにいる方からもそうです。そういった姿勢が大人になるにつれ、何かを知っていくにつれ薄れて、怠慢になってしまう部分が自分でわかるぐらい出てくる。

自分はそうじゃ伸びないし、今に満足できるわけがないので、この文章を書く意味も、改めて自分に言い聞かせる意味でも書いています。

自分の親の存在って、僕が親になっても変わらないですし、親になったからこそ改めてその大きさに気づけるんだと思います。

これから少しでもいいから親孝行していきたいと思います。

 

最後に

今回一番伝えたかったことは、当たり前のようにいる存在っていなくなるから、生きているうちに大切にしないといけないですよねってことです。

当たり前のことなんだけど、当たり前すぎてわからなくなる。

去年おとんとも話をしてわかり合ったような気がしたし、おかんが当時謝ってきたことで、今も家出継続中ですけど、おかんの気持ちも知れたように思います、

ただ、当時おとんとケンカした数日後、おかんはまた家出をしちゃいましたけどね。おい!!!(笑)

ほんまにごめんって思ってたか?(笑)

というのは最後のオチにして、親が生きているうちにいっぱい親孝行しておきたいですね。

今日も最後まで読んでいただきありがとうございました。

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